2006年11月09日

命をかけないと聞いてもらえない状況をなんとかするのが先決じゃないのか?

教育関係でもう1つ話題になっている
未履修問題の方では
「学校の責任」を追求する風潮には全く賛同できないんですが。
(生徒の「ニーズ」に合わせた結果でしょ、それ。
 なのに被害者面するなよって思う。)

でも、いじめの事については
やっぱり学校の責任は大きいんだと思いますよ。

で、この話。
人権を失ったまま生き続けても、そんな命に意味はない。
命について

結城さんには申し訳ないけど
後者のエントリについては
「自殺に悩む」少年少女達には全く届かない言葉だと思う。

まず。
先にこれを言っておかないとイケナイんでしょうね。
「イジメ」に関して言うなら
自分たちの頃の「イジメ」を基準にして考えちゃイケナイと思う。
私もいじめられた経験はあるし
それなりに辛かったんですけども
今の「イジメ」の話を聞くと
自分の頃の「イジメ」とは比較にならないくらい
陰湿で逃げ場の無いものになってしまってると思う。
そういう「イジメ」に対して
自分たちの頃の「イジメ」の経験から
軽いものとして語ったとしても
それは今のイジメの実態とはかけ離れているし
その渦中に居る子達に届くモノでは全くない
その事は、理解した方が良いと思うんです。

てな事を
10年くらい前に思って、色々と語ったりもしたけど
今の「イジメ」の話って
その「10年前」の話よりもさらに酷くなっていますね。
なので
今、成人くらいの大人になりたてくらいの人でも
「自分の頃のイジメ」を基準にしても
上に書いた事と同じ事が言えるんだと思う。

だから
それよりも年齢が上の人については
なおさら、「自分基準」で語ってはイケナイんだと思う。

自分たちの想像する程度では比較にならないくらい
今の「イジメられっ子」達は
追いつめられているんだって事は
「議論」の出発点にしないとイケナイじゃないでしょうか。
(そういう意味で
 前者のessaさんのエントリは、出発点が正しいと思う。
 結論うんぬんは、私は良く分からないけど。)


それと。
これは今までにも色んな人が指摘し続けている事ですが
マスコミの報道の仕方が悪いんですよね。

マスコミのイジメ報道の仕方を
「追いつめられている」イジメられっ子が観ると

「自殺をすれば(自分の)イジメの事を
 社会問題として取り上げてもらえる」

そういうメッセージを発しているように
受け取ってしまう。
これは、自殺を誘発する事になってしまうでしょう。
(だから
 「イジメ自殺」は連鎖反応を産むんです。
 それ以外でも「深刻なイジメ」はあるハズなんですけどね。)

どのような報道の仕方が良いのかは
私もすぐに答えが出せないですけど
少なくとも「今の報道」については
イジメられっ子に、そういうメッセージを与える
そういう結果になってしまっている

その事も、出発点にすべきなんだと思う。


ならば、どうすれば良いのか?

・・続きを読む
タグ:教育
posted by めたか at 00:13| Comment(7) | TrackBack(2) | 教育・学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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