「文系的な考え方って何?」って記事を
クリップしていて
「関連記事を書く」って宣言していたんです。
なんで、ここで書きます。
###
「戦争は絶対に悪か?」
という事について、ある文系の友人が
こんな解説をしてくれたんです。
(うろ覚えで間違いがあるかもしれません。)
「戦争は絶対悪」と言うけれども
人間には「争いをする本能」というものがあり
「戦争的なもの」は人間には不可避なのだ。
だから、単に「戦争は悪い」と言って
「戦争的なもの」を封じ込めてはイケナくて
「闘争本能」を上手く発散する事を
考える必要がある・・・
こういう考え方は
多分、栗本慎一郎が言い始めた事だと
思うんだけど
それは「戦争は絶対に悪い事」
という言論状況があって、
それを揺り動かす事を目的とした
「政治的な意見」なのだ。
コレに対して
私は、こんな意見を返しました。
でも、そういう意見って
「人間には「争いをする本能」がある」
と言う事が前提になっているけど
本当にそういう「本能」があるか、
とか、
それって、どういう本能なのか、
などが「証明/説明」されてない状況で
勝手に前提にしているんじゃないか?
まぁ、この議論はこれで終わったんですが
お互いに面白いねって言い合ったのは
「文系的な考え方と理系的な考え方が
端的に現れた例じゃないかな」
って事だったんですよね。
解説しましょう。
ここで言う「理系的な考え方」というのは
分かりやすいですよね。
「理系的な考え方」では
何が前提になっているのか、に注目します。
そして
その「前提」のもとでは何が言えるか?
という展開の仕方をする訳ですね。
例えば
数学では、「定義」から様々な定理を展開するし
物理などでは
ある「仮定」「仮説」の元で
様々な現実や実験結果が説明出来るか、
と言う進め方をします。
生物学は少し違う部分があって
「事実」を元に考えるって面があるんですが
でも、
そこからどういう「仮説」を考えるかって所に
戻ってきますので。
(つまり、生物学では、
より「帰納的」な面が強いって事ですね。)
一方、文系では
もう少し「大雑把」に捉えるようです。
例えば
「政治的」というのは、
理系にはない発想だと思います。
(だからこそ、essaさんが、
「新しい感覚」のように解説したんでしょう)
「政治的」については、前に丁寧に説明していますが
全体的な「状況」というのを捉え
それに、どういう「影響」を与えるのか
を「分析」する、というのが
「文系的な考え方」なのだ、と
件の友人は解説してくれました。
もちろん
これは、理系的な考え方、文系的な考え方の
一例に過ぎない、と思います。
でも
理系に関しては、私の知る限りでは
かなり共通する「特徴」だと思いますし、
文系でも「文学的」というのも
同じような特徴を備えているような気がします。
(もっとも
ここで言う「理系的」な特徴を備えた
「文系の学問」もあるように思いますので、
既に「文系/理系の分類」自体が
崩れてしまってるように思うんですけども。)
・記述言語が何であるか
ていうのがあるかもしれませんね。
(やはり生物学はちょっとずれるんですが)
「数学とそれから派生した数式表現を記述言語として用いる」ことが物理学や化学・地学では多いですね。
と書いたところで頭が飛躍してしまいました。・・・ひょっとしたら科学ってのはラテン語で記され、実学ってのは日常言語で記されるものだったのかな?ヨーロッパにおいては。
いつのことになるやらわかりませんが「文系・理系」シリーズを再開したら引用させて頂きますね。
仰る通り、「記述言語(つまり数学)」によって
文理を区別する見方は多くて
それで生物学などは「仲間はずれ」にされる事が
結構、あるんですよ。
でも、私自身の感覚の上でも理論の上でも
生物学は「理系」そのものなんですよねー。
ラテン語の話は、良く分からないのですが、
ドイツ語で「サイエンス(に当る言葉)」は
数学を含まない、んだそうです。
その辺りに、西欧のそもそもの「科学観」が
現れてそうですけどね。
「文系・理系」は、シリーズは難しいですね、
文系の事を教えてくれる人が居ないと。
でも、「理系の事について」なら
いくらでも書く事はありますので、
もし良ければ楽しみにしていて下さい。