2005年05月20日

しあわせは自分で決める(生命倫理特集「治験について」)

今回のテーマは
「インフォームド・コンセント」です。
とても大事な考え方なので、
少し丁寧に説明したいと思います。


私はこの考え方を理解したのは
病院で死ぬということ』を読んで、です。
この本は、ガンの終末医療について問題提起した本で、
私はこの本からたくさんのことを学びました。
そこで、まず
この本の概略について説明してみたいと思います。

前半部では、治す手だてのなくなったガン患者に対する
病院での治療の、その当時の現状について
語られます。
その当時、ガンの告知は殆ど行われていなくて
自分の病名を知らない患者は、偽りの説明を受けながら
弱っていく自分の体とのギャップに苦しみ、
疑心暗鬼になり、絶望しながら死んでいく様子が
ある種の怒りを持って語られます。

そして、後半部分では、
この現状を変えていくための
提案と筆者の行っている試みが語られます。
その要点は
・現在行っている、
 患者に苦痛を強いるだけの無駄な延命治療は行わない
・患者の痛みや苦痛を極力、取り除くようにする
・患者の希望があればなんとか叶う手だてをする
ことで、患者さんが最期の時まで
人間らしく生きることを応援する治療を行う
という事です。

そして、
その理想を実現するためのシステムとして、
「ホスピス」について説明しています。
良く誤解されているのですが、
「ホスピス」は、安らかに死ぬための所ではなく、
最期まで人間らしく生きるための場所なのだ、という事が
強調されています。

ただし、
このような治療を行うためには一つ重要な前提があります。
それは、いわゆる「告知」
つまり、患者自身に正確な病名や病状を知らせることです。

患者の本当の望みやニーズは
患者自身でないとわからないものでしょう。
しかし、自分が本当はどうしたいのか、を考えるためには
患者が本当の事を知っている必要があります。
偽りの説明しか受けていなければ、
自分の希望なんて考える事はないでしょう。
その結果、医療側や看護する側の都合によって、
全てが決められていくことになってしまいかねません。
そうではなく「患者側の都合」で治療が行われる事が
大事なのです。

だから、
通常の「治すための治療」や「延命治療」を
否定しているのではありません。
たとえわずかな可能性でも最期まで闘い続けたい、
そう患者が望むならば、そのための治療も行われます。
実際、この本でも「最期まで闘い続けた患者」が
描かれています。
しかしそれは、患者自身の意志によるものでないといけない、
と、この本は主張しています。

まとめると、
患者側の立場に立ち患者の希望を最優先にした治療が
行われるべきだ、という事です。
そのためには患者は全てを知らされていないといけないし、
決定権は患者にある必要があります。

このことを
インフォームド・コンセント」と言います。
「インフォームド・コンセント」という言葉自体は
『病院で死ぬということ』には出てきませんが
必要なポイントは全て語られています。
いや逆にこの本に書かれている事こそ、
本当の意味での「インフォームド・コンセント」
と言うべきでしょう。

「インフォームド・コンセント」という言葉自体が
単に「治療方針について患者の同意を取ること」と
誤解されがちだと思います。
そのように書いている書物は、まだまだ多いようです。
しかしそれだと、主導権が医者の側にあることになります。
それは本当の「インフォームド・コンセント」とは
言えないのではないでしょうか。
あくまで主導権が患者にあってこそ、なのです。

そしてこれは、ガンの終末医療に限らず、
全ての医療で求められてきていると思います。
病気の治療はこれまでは全て医者が決めていましたよね。
私たちは「お医者さんに全てお任せ」だった訳です。
だけど、これからはお医者さんと患者が話し合って
治療方針を決めていくことになるでしょう。

そして、
この考え方は、医療に限らず様々な面で重要になってくる、
と思います。
大げさじゃなく、これからの日本に必要な考え方じゃないか、
とも私は考えているんですよ。


###
ここまでの文章では、
「インフォームド・コンセント」というのは、
非常に良いことだらけのように思われるでしょう。
しかし、実はそうとばかりは言えないんですよ。

もちろん、
私は「インフォームド・コンセント」はとても大切な事だと
思っていますし、
たくさんの人にこの考え方が受け入れられればいいな、
と希望しています。
だけどそのためには、
インフォームド・コンセントの大変な面も
知ってもらう必要があると思うんですね。
だから、今からそのことを書きます。

そう、ちょっと想像してもらうと分かると思うんですが、
インフォームド・コンセントって、
とてもしんどいことなんですね。
自分自身で判断し決断する、というのは、
大変なことですし、
そのためには色々なことを勉強する必要があります。
そして、何かあっても「自己責任」になってしまう訳で、
だから、そうしないで全てを「人任せ」にしてしまえば、
それはとても楽なことなんですね。

また、
インフォームド・コンセントは、
医者にとっても大変なことだったりします。
ちょっと想像してみましょう。

最近の中学校では
色々と変わった試みをしているらしくって、
「総合学習」と言って
社会について知るための授業がされているそうです。
その一環として、あなたに依頼が来ました。
色々な職業を知るために
あなたの仕事の内容を具体的に説明して欲しい、と。

相手は中学生です。
当然、あなたの仕事について、どころか、
その為に必要な予備知識すら身につけていない事でしょう。
どうですか?
そんな子たちに、あなたの専門を説明するって
難しい事だと思いませんか?

専門外の人に専門的な内容を説明するって、
とても難しい事なんですね。
だから、
素人に説明するくらいだったら全て自分で責任を被る、
そう考える人はたくさんいることでしょう。
現に、これまでの医療はそうやってなされてきた訳ですし。

しかし、
いくら大変だからと言っても、説明がおざなりなら
患者が困ることになります。
何度でも言いますが、インフォームド・コンセントは
患者主導で患者の希望に添った治療が行われる事です。
それがなされるためには、2つの条件があります。

・決定権は患者にあること
・患者が判断するための情報は十二分に提供されること

特に重要なのは2つ目です。
1つ目だけなら、医者からすれば簡単な事です。
単に患者に言われた通りに治療すれば良いだけ
ってなりますから。
だけど、専門家でない患者が、そう簡単に治療方針なんて
決めることができる訳ないじゃないですか。

だから、
専門家でない患者にも、病気のこと、治療法のことが
分からないといけないし、
その上でちゃんと判断できるようになってもらう、
それだけの情報を提供しないといけないわけです。
つまり「説明責任」
流行りの言葉で言えば「アカウンタビリティー」
という事ですね。
しかし語感の新しさに反し、持つ意味は非常に重いんです。


これで「インフォームド・コンセント」が
患者にとっても医者にとっても大変な道である事が
お分かり頂けたでしょうか。
逆に、びびらせてしまったかもしれませんね、
「そんなに大変な事ならやらなくても良い」って。

そういう訳で
「インフォームド・コンセント」は日本では受け入れられない
と言う人も多くいます。
でも、そう悲観することでもないかもしれません。

これは、昔、MRをやっていた人から聞いた話なんですが、
ガン患者は自分の病気について
非常に良く勉強するそうなんです。
全ての人がそういう訳ではないと思うんですが、
そういう人がとても多いって。
それは、
患者にとっては自分の命がかかった重大事な訳ですから、
それだけ必死なんですね。
だから、下手な専門家以上に色々なことを知っている患者は
沢山いるそうなんです。

こういう話を聞くと勇気が出ます。
つまり、自分にとって大事な事だと本気で思えれば
知識の壁って乗り越えられるものだ、という話だから。
だから、医療側も本気で伝えようとすれば
きっと乗り越えられると思うんです。
それに今は、「セカンド・オピニオン」のような
インフォームド・コンセントを助ける方法もあります。
治療してくれる医者以外に、
他の関係ない医者にも意見を聞いて
治療方針を自己決定する参考にしよう、という事です。
こういう動きも広まれば、
インフォームド・コンセントが患者の当然の権利として
受け入れられるようになるのではないか、と思うんです。


そしてこれは、
医療だけの事ではなくなると、私は思っています。
例えば、
政治の話をすれば、
今までは政治家や官僚が日本の行く末を決めていました、
だけど、
これからは、政治家・官僚の役割は
「選択肢を呈示すること」になるのではないでしょうか。
選択権はあくまで国民、住民にあり、
政治家や官僚は、国民がちゃんとした選択ができるように、
政策を分かりやすく説明する責任が出てきている、
と思うんです。
例えば、
ダムを造るべきかどうか、は、
洪水の危険性を元に専門家である官僚や政治家が
判断するのではなく、
どういう選択をすればどういうリスクがあり、
そしてどれくらいお金がかかるのか、を
ちゃんと説明して、
その上で住民が判断する事だ、というのが
今後、当たり前の事になってくるでしょう。

政治だけの話ではありません。
他にも、色々な場面で「インフォームド・コンセント」が
求められる時代が、きっとやってくる。
そう、私は希望しています。



タイトルの種明かし>

「しあわせは自分で決める」というのは
ラブジョイという京都のインディーズバンドの、
曲のタイトルなんです。
私はこのバンドの事も、この曲の事も好きですが、
特に、このタイトルのフレーズが良いな、と思います。
ファンサイトによると、このタイトル、
白崎映美さんという親しいミュージシャンが
サインの下に書いていたのを見て、
「彼女らしい」と気に入ってタイトルにしたものだそうです。
このエピソード自体が
「ラブジョイらしい」と私は思います。


何が幸せか
どんな事にしあわせを感じるか
それは、人によって違うんだと思います。
だから
「しあわせは自分で決める」
そういう意志を、一人一人が確かに持つことが
そして、それをお互いに尊重し合うことが、
とても大事だと思うんです。

特に、「生命倫理」のような難しい話をしていると
こういう、当たり前の事が
忘れてしまいがちのように感じています。

正月に留守番番長をさせて頂いた時に、
生命倫理の質問の最後を、私は
「あなたはどんな時に幸せを感じますか?」
にしました。
そこには、今回、書いてきたような事を
思いとして込めたつもりなんです。
posted by めたか at 22:23| Comment(14) | TrackBack(5) | 生命倫理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
大変重要なお話ですね。特に「専門外の人に専門的な内容を説明するって、とても難しい事なんですね。」はキーポイントでしょうね。
ところで、私は現在歯医者に通ってます。口の中でキーンと云う音がする恐怖(しかも見えない)は幾つになっても嫌なものです(看護士さんに笑われる日々、苦笑)。dより
Posted by dawn at 2005年05月21日 09:37
コメントありがとうございます。
そうですね。そこがキーでしょう。
あぁ、私、歯医者行かなきゃ・・・
歯医者、怖いですよねぇ。
Posted by めたか at 2005年05月21日 10:38
某ベンチャー社長でございます。
非常に読み応えのある記事でした。

>他にも、色々な場面で「インフォームド・コンセント」が求められる時代が、きっとやってくる。

おっしゃるとおりです。ビジネスの世界でも同様です。社員に見せたいくらいです。今回のめたかさんの記事を。

しかし、d様、花粉症・眼精疲労・肩こり、それにプラスして歯もお悪いとは・・・ どうして各位、私と正反対なんでしょうね。

さて、一つ前の記事で私が冒頭に紹介されていましてのでコメントしようかと以前から様子見していましたが、どうもなぁと思い、今日に至りましたが、必要でしたら参上いたしますのでご連絡コメントを。では。
Posted by 小島愛一郎 at 2005年05月21日 13:50
私自身、腹に違和感があった時に、「家庭の医学」を読んで、自分の病気が確率9:1で盲腸炎:腎臓結石と想定して病院を選んで入院したことがあります。(結果は盲腸炎でした。)まあ、治療法による保険料の違いが気になったのもあります。
もし癌の疑いがあったら、それこそ死ぬ気で調べるでしょうね。

ところでドラマに出てくるような、自分が末期癌と知って、自殺あるいは恨みのある人間への復讐とかは良くあるのでしょうか...?
もしこれが高確率なら医者は告知するのをためらいそうです。
神風特攻隊の志願者が恐怖で震えていたという話はよくあります。しかし、末期癌と言えども100%が一月以内に死ぬわけではないので私なら告知を望みます。

P.S.
相田みつをのフレーズにも「しあわせはいつも自分の心が決める」とあったと思います。
Posted by kaz at 2005年05月22日 02:11
コメントありがとうございます。

小島さん>
そうですね。
ビジネスの世界では、すでにそうなってきていますよね。
社員の方々にも、読んで頂いて下さい(笑)
久々に本気で書いた文章ですので。

1つ前の記事の件は、私の方からお願いはしません。
小島さんのご判断にお任せします。


kazさん>
そんな事があったんだぁ。
でも、「家庭の医学」も役に立つんですねぇ。
実は私も2年前に変な病気になって
「ひょっとして癌?」と不安になって診てもらった事
あるんですけどね。
(なんてことない病気だったんですが(笑))
ちょっと人生観、変わりますね、そういうのがあると。

>ところでドラマに出てくるような、
>自分が末期癌と知って、自殺あるいは恨みのある
>人間への復讐とかは良くあるのでしょうか...?
どうなんでしょう?
でも、いざ末期がんとかになると
「他人への復讐」とかは、どうでも良くなるかなって
思うんですけど。
(『僕の生きる道』(草なぎ君のドラマ)は
 ちょっとおとぎ話過ぎるって思いますけどね。)

相田みつを
微妙に良い事言ってるんですよねぇ・・・
映美ちゃんのこのフレーズの元ネタが
それだったら・・・ちょっとヤかも(笑)
Posted by めたか at 2005年05月22日 12:17
うちの娘が膠原病ですから、膠原病の事ならその辺の医者より詳しいです(^^)v
そうそう、幸せは自分で決めるんです。
最初の医者はインフォームド・コンセントがわかっていないみたいで説明が曖昧なのにやたら決定権をこっちに持ってくるので、インフォームド・コンセントを単なる「責任転嫁」にしか思っていないんだなあ・・と感じて、自分で医者を探して、紹介状を書かせて、医者を替えました。
医者は神じゃないですからね。
こっちからどんどん切り込まないと駄目なんだと思いました。
攻めて行く性格なんですねえつくづく・・。
Posted by りさふぇるなんです at 2005年05月25日 13:08
りさふぇるなんですさん>
いやでも、それだけ攻めて行く方が
良いと思うんですよねー。
インフォームド・コンセントは
医者の方が理解していない方が多いかもしれません。
というか、
ちゃんと説明する訓練を受けてないと思うんですよ。
なので、対応できる医者は、少ないのかもしれません。
どっちにせよ、こちらが勉強していくしかないですし、
生物プロパーの人間としては、
そのための知識を(できれば「体系」を)
提供できれば良いかなぁと考えているんですよ。
Posted by めたか at 2005年06月01日 06:22
かけだしの研究者です。
捏造疑惑についてのコメントからここへ入ってきました。
一昨年、私の友人が『乳がん』らしいとの診断を受け、医師からの説明を一緒に受けました。初回も2回目も術後も・・・。
彼女は片方の乳房を失いました。その後、医師が「乳がんではありませんでした。」と私たちに告げたのでした。医師は「限りなく黒に近いグレーでしたから。」と言いました。全くインフームド・コンセントの意味をなしていなかった1例でした。私はセカンド・オピニオンの必要性を痛烈に感じ、セカンドでは足りないのかもしれないとも思いました。
患者は、医師を信じるほか術がありません。信じています・・・。

いま彼女は、元気です。前よりポジティブになった気がします。

Posted by きく at 2006年01月28日 11:32
コメントありがとうございます。
そんな事があったんですか。
詳細は分からないですが、下手すると
賠償請求とかできるような話かもしれない
と思いました。
その友人が元気な事が救いな話ですねぇ。

セカンドオピニオンは
例えば、検査の生データを提供してもらえるか
などなど、
クリアしないとイケナイ問題がいくつもあると思います。
「セカンドでは足りない」かどうか、より
ちゃんとセカンドを実効あるものにできるか
の方が大きいと思っているんですが。
Posted by めたか at 2006年01月28日 23:29
2度目のコメントになります。
きくです。
1月にコメントの中で出てきた友達ですが、
最近HPを開設しました。
その中で(ブログを含む)いろいろなことを書いているのですが、なんだか人を非難するような内容が多く、私も悩んでいます。
これの引き金はやはり医療ミスともいえるこのことが原因のように思われます。
情報機器を使って発信することの危険性を彼女に伝えたいのですが、どうしたらよいのか・・・悩んでしまいます。特定の人や機関を非難するために、HPやブログがあるのではないのですが、今の彼女には通じないのです。
めたかさんの意見を是非聞かせてください。
Posted by きく at 2006年03月06日 22:05
どうも。
また難しい問題ですね(苦笑)
ちょっと、色々ありまして、回答に時間を頂ければ
と思います。
(今、職場からで職場ではゆっくりネットはできない。
 家でネットができるようになるのに、
 もう2週間くらいかかるかもしれない、
 という事情でして・・・)
Posted by めたか at 2006年03月07日 12:18
忙しい中、お返事ありがとうございます。
急ぎません。
その間私もこの問題について、じっくり考えたいと思っています。
よろしくお願いします。

でも、私はどうして悩んだ時にめたかさんにコメントしてもらおうと思ったのかなぁ・・・。不思議です。
Posted by きく at 2006年03月08日 12:09
>私はどうして悩んだ時にめたかさんにコメントしてもらおうと思ったのかなぁ・・・。不思議です。

サイト持ちとしては光栄な事だと思います。

んで、私が思った事なんですが・・・

まず、そのHPでやっている事が
件の事に関係する「告発」に類する事なのでしたら
(具体例でなくても一般的な話題を扱ってたとしても)
それはもう、気の済むようにさせてあげるしかない
と思います。
その方には、そうせざるを得ない充分な動機があって
それは誰にも消せる事ではない訳ですから。
ただし
「情報機器を使って発信することの危険性」という意味で
訴訟リスクや、個人情報を発する事の危険性は
具体的に指摘してあげないといけないでしょう。
なので
この場合の私の答えとしては
「非難自体は好きにさせてあげる代わりに
 身を守る術だけは教える」
という事になるかと思います。

そうではなく
件の事とは全く関係ない事で
「特定の人や機関を非難」されているのであれば
その事自体の愚を頑張って伝えるしかないでしょう。
その場合、
私だったら、友人が自分の状況を客観視する助けとなる事も
伝えようとするでしょうが、それ以上に
「友人として、そういう非難をしているのを観るのが辛い」
という事を伝えると思います。
(それは、昔ここ↓で書いた事です)
http://at-most-countable.seesaa.net/article/8573288.html

こんなところでよろしいでしょうか?
Posted by めたか at 2006年03月22日 22:09
本当にありがとうございました。
私にできることは、小さくて限られていますが、がんばってみようと思います。
Posted by きく at 2006年03月23日 12:11
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