2005年06月12日

記者クラブに風穴が開くかもしれないそうで・・・

最近、プライベートで新しい事を初めて
ちょっと気疲れ気味のめたかです。
おかげで休日も、すっかり忙しくなってしまって、
花粉の季節が収まれば、
また走ろうと思っていたんですが
当分そんな余裕はなさそうです・・・

そんな状態なので、
ブログ巡りも、結構、適当になっちゃってる。
いや、一通りチェックはしてるんですが、
ちゃんと読み込んでなくて、流し読みばかりです。
今までも、
一通りチェックするブログをざっと流し読みして、
気になった記事のみを熟読するって流れだったんですが、
その「熟読」ってのを、ほとんど出来てない状況。

そんな中でも、
ちょっとコレは、取り上げておこうと思いましたです。

記者クラブ制度を考える訴訟で寺澤有氏、「この制度は世界の非常識。情報カルテル」と喝破

情報源は、現役記者・高田昌幸さんのブログからです。
第2次記者クラブ訴訟 その後

メディアリテラシーに関しては、
もう言いたい事は言い尽くしたって思いはありまして
(詳細は、アーカイブの方をご覧下さい。)
記者クラブ制度も、散々、問題にはしてきたんですが、
でも、問題にしつつも
「なかなか変わらないだろうな」って思っていたら
こんな方面から、風穴が開くかもしれないって話で・・・

いや、この事だけに限らず、
「今、時代は大きく動きつつあるんだな」
って、最近は感じています。
変わらないって思っていた事も、
なんか、少しずつ、動きつつある時代じゃないのかなって。
それは、
別に良い事ばかりではなくて
悪い方向にも、変わる事は変わってきているって
思うんですけど。
(まぁ、何をもって「良い」「悪い」とするか、は
 価値観ですから、
 善悪よりもとにかく「動いている」って事ですね。)

ただ。
結構、重要な事だって思うのは、
そうやって「動いていってる」のは、
別に時代がそうだから、とかではなくて、
「どうせ変わらないよ」とか言ってる人を尻目に
「変えないと」と思ってる人が
地味に努力を続けてきたからだって
思うんです。
この記者クラブの事も、
こうやって、裁判に持ち込んで戦ったり、
それに共感する現役の記者が
支援する陳述書を出したり
問題点を訴え続ける人が居て
やっと、こういう流れが出てきたって
言えるんでしょう。

(もっとも、まだどういう判決が出るかは
 予断を許さない状況でしょう。
 「支援している人の感触」という
 ひいき目がありそうなソースですし。
 でも、
 それでダメだったからダメってものではなく
 それなら、今後も「戦いは続く」って話でしょう。
 そうやって諦めずに続ける人によって
 時代は動きつつあるんだって話ですから。)

だからね、
一人一人に問われているのは、
そういう「時代の流れ」というのを感じながら
一人一人がどうするかって事
もう、それだけなんだろうって。
変わりつつある時代の中で
自分がどうするのか?
時代に乗っていくのか。
「誰か」が変えてくれるのを待つのか。
その中に自分も積極的に関わっていくのか。
自分が望む方に変わるように
積極的に働きかけていくのか。
それとも
時代の流れに抗っていくのか・・・

ブログって
そのためのツールなんじゃないかなって事
ぼんやりと、そんな事を思っていたりします。


まだ何も書いてないけど・・・
後でね。
posted by めたか at 23:26| Comment(6) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>一人一人に問われているのは、
>そういう「時代の流れ」というのを感じながら
>一人一人がどうするかって事

 10年先、20年先から今を見て、何をなすべきか、またそれが「自然なこと」なのかを考えて、いろいろやっているし、やっていこうかなと僕は思ってます。
Posted by ひろ at 2005年06月13日 00:34
コメントありがとうございます。

確かにそうですよね、
ひろさんは、そういう事を
いつも書いていると思います。
というか、
そういう事しか、書いてない(笑)
と言うべきか・・・

まぁ、私は
「何事もバランス」って
思っていたりするので
野次馬的な事も多少は書こうかな
って思っていますけど。
Posted by めたか at 2005年06月13日 07:07
たしかに日本の記者クラブは「招待制会員様限定クラブ」であって、その点は異常なのですが、海外の記者クラブにも問題点は多々あって、事実上、海外での記者発表席の経験がほとんどない寺澤氏の主旨には、説得力を欠くところはあるんですよ。

実際、日本には、海外での記者経験が豊富なフリージャーナリストが、独自の記者協会なりフリー記者ネットワークなりを作ろうという動きはたくさんありますが、彼らと寺澤氏は噛み合わないんですね。

寺澤氏のスタンスは、既成の制度批判に終始していて(換言すれば、既成の制度を認めた上でしか行動しておらず)、そのこと自体が、海外で活動してきた人間にとっては「インディペンデントではない」し、きわめて日本的にしか映らなかったりする、という事情もあるんです。

とくに寺澤氏御本人が、フリージャーナリスト人脈という面で、かなり偏狭で閉鎖的であり続けているからには、非協力的なフリーの記者連中も多いでしょう。

たしかに寺澤氏は、今まで各種取り揃えた「権威」相手の裁判の原告になっていますが(まあそのほとんどで負けていますが)、「一石を投じた」と言っているのは御本人と限られた取り巻きの方々だけだったりしてきた、という経緯もありますし、個人的には彼が「風穴を開ける」存在になるとは思えません。

だからといって、他のフリージャーナリストがこういうポリティカルな動きを起こそうとすると、必ず介入したがる左翼系組織があったりして、動けなくなってしまうんです。

少なくとも学歴職歴を問われずに汚れ仕事ばかりやってきた週刊誌フリー記者や、海外サバイバルを経験してきたフリー記者には、「ジャーナリストというのはこの世で最も卑しい職業である」という自覚があります。
そうではなくエリートだと思っている記者クラブのみなさん、やはりエリートばかりの左翼のみなさんとは、我々はまったく噛み合いません。
寺澤氏も「中国や北朝鮮と対話できると思っている日本人」にしか見えなかったりします。

いまの自分のブログは野球ネタ限定(しかも自分がアクセスできない)ですので、アドレスは省略いたしました。
用意した別ブログもトラブル続きで記事UPにまだ至らず、長文になりましたことお許しください。
Posted by RROSE at 2005年06月13日 13:48
コメントありがとうございます。
長文、全然オーケーですよ。
勉強になります。

なるほど、海外経験の豊富なジャーナリストさんは
また違った考えを持っておられるって事ですね。

寺澤氏に関しては
色々な噂は耳に挟みますが
なんとなくですが、閉鎖的な方って感じは
していました。
(もっとも、噂レベルしか知らないですから
 判断については保留していますけど)

ただ。
2つほど、思う事はあります。
1つは、
ポジティブな動きに関しては
私はポジティブに評価したいって事ですね。
まだ結果は分かりませんけども
裁判所という公的な機関が
記者クラブの閉鎖性に対して牽制する事を言うのは
意味はあるって思うんです。
それが、どの程度の影響を与えるのか
(大した事はない、風穴なんて開かないのか
 などについて)
は、判断するのは又、別の次元の話じゃないかって。
それが「大した事はないから」って事で
価値を貶める必要は、ないんじゃないかなって。
(また、それが誰の仕事であろうとも。)

あと1つは、
「ジャーナリストというのは
 この世で最も卑しい職業である」
なんて事は、言わなくても良いんじゃないか
って事です。
そういう側面はあるのかも知れませんが
(知られたくない事を暴く、という意味ですよね?)
でも「最も卑しい」なんて言う必要は
ないって思うんです。
ジャーナリズムの使命、みたいに
やたらと高貴なものとして
持ち上げる必要もないでしょうけど、
変に卑下する必要もないって思います。
Posted by めたか at 2005年06月13日 21:37
丁寧なレスありがとうございます。

裁判所の「見解」についても、議論が分かれるところなんですね。
たしかに最近の潮流として、公的組織や大企業を相手取った裁判で一個人が原告の場合、「原告の言うことに耳を傾けなさい」というひとことが添えられる事例が激増していますが、現実問題として、その勧告なり牽制そのものには法的拘束力はないわけです。
言い換えれば「良識で考えてね」くらい具体性を持たない。
「良識」とか「常識」はきわめて相対的なものにすぎませんから、牽制された側が、彼らの常識で「牽制される覚えはない」と考えてそれを無視すれば、フェアな目で見れば、彼らは実に司法に忠実な人たち、ということになるんですよ。
ですから、私自身は、その牽制に、その言吻以上の意味も影響も期待できないだろう、と。

たぶん寺澤氏に欠落しているのは、そういう意味での「フェア」な立場なり考え方が存在する、という視点ではないか、と(つか、言っても聞かない)。
「黒でも白でもない公正さ(もしくは立場上そうでしかない権威)」に白黒はっきりつけさせようとする行動ばかりを、目立つかたちで繰り返している。
すると、フリー記者とはすべて寺澤的な考え方をするものである、と世の中に思われてしまうんです。
それはすべてのフリー記者にとって、デメリットにしかならないんです。

しかも、それ以上に非効率的な方法はないわけで。
もし記者クラブを変えようとしたいなら、既存マスメディアで地位を確立している有名ジャーナリストに乗っかるかたちのほうが、まだマシなんですよ。
それに、個人であれ、もっと具体的かつ建設的なかたちで、実際に行動で「報道の民主化」を体現していっている記者は大勢います。
長期的な目で見れば、そういう人たちの日々の報道姿勢の積み重ねのほうが、ずっと記者クラブがいかに無力かを浮き彫りにしてくれそうなわけです。
海外での記者経験の有無にかかわらず、そういう立場で行動している人たちのことを、単に私は「我々」と書いたまでで、誤解があったら申し訳ありません。

「ジャーナリストはこの世でいちばん卑しい職業である」理由。
彼らは、自分で語るものは何一つ持っていない。誰かから情報をタダでもらって、それをあたかも自分のもののように売って食う商売しかやりません。
代議士とほとんど同義です。
代議士は「公僕」だけれども、ジャーナリストは誰に対しても、レッサーパンダに対しても、呪いの弁当に対しても「私僕」になる。
弁当や動物に頭を下げて物乞いする専門職なんて、ほかにないでしょう?
Posted by RROSE at 2005年06月15日 16:31
どうも、色々教えて頂いて
ありがとうございます。

まぁ、寺澤氏の件については
この辺にしましょう。
私の方では、材料はありませんし。
「結果」は歴史が証明してくれる事でしょう。

ただ、
それぞれが良いと思う事をやる
それだけなんでしょうね。
他の人の「仕事」が良いかどうかを
論じるよりは。

ジャーナリストの件ですが、
「自分のものでないモノ」を
右から左に動かす事で成り立ってる職業って
他にもたくさんあると思うんです。
自分のものではなくても
その情報を集めるのに手間暇がかかり
その情報を求める人が居る
(つまり、需要がある)という事で
成り立ってる仕事ですから、
やっぱり、別に卑下するものではないって
私は思いますけど。
Posted by めたか at 2005年06月15日 21:43
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第2次記者クラブ訴訟 その後
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