2005年06月28日

「中間」はないのだろうか?

暑いですね。
外に出かけると、ぐったり疲れてしまうくらい。
めたかです。
(まぁ、日曜日はお外の時間が長かった
 というのもありますけど。)

柔ちゃん妊娠の報に
涙が止まらないワタクシです。
理由は分かりません
(というか書けない。
 誰を思っての事だろう・・・)


なんて話はこの辺にして。

少し忙しくて、話題に乗り遅れがちですけど
今、旬らしい、梅田さんの一連の記事について。

「これからの10年飲み会」で話したこと、考えたこと
「勉強能力」と「村の中での対人能力」
「知の創出」のコモディティ化への戸惑い
同世代の企業人を見つめて悩んでしまうこと
「勉強」特権階級の没落

コレに対して
梅田望夫さんが見ている、どこか遠い世界
勉強のできない人から職を奪う生き方の提案

なるほどなぁって思いながらも
私がこの両方の話に対して思った事は
「話が極端ですよ」
ですね。

そんな、一流企業で年収一千万以上で
常に「一流」って生き方、と
「年収300万、でも幸せ」
みたいな生き方
その、どっちかしか無いのかいな?
って、思っちゃいました。

「勝ち組」「負け組」って事が
仕切りと言われていた頃も
そんな「勝ち組」にも「負け組」にも当てはまらない
「中間の生き方」ってないのかって。

ひょっとすると
「これからの10年は、『中間』がなくなり
 二極分化される」
って事を主張されてるのかもしれません。

だけど、
そんな「極端」に、振れるものかなぁ。
だって今の日本で一番多いのは「中間」でしょ?

そーゆー事を、思ったのでした。
(なんか、ポイントを外してるのかな?)


・・・もっと外してるかもしれませんけど、
他にも考えてる事を追記しますと・・・

一応、このブログでは
「中間」とか「中庸」とか「中道」とか
そういう方向を意識して書いてるつもりなんですよね。

その辺が、このブログが「冴えない」原因かも
しれないんですけども。
だって
極端なもの/極論の方が
面白いですからねー。
分かり易いし、
だから、そっちの方がウケは良いでしょう。

でも
物事の真理の、多くは
「中道」とか「中庸」とかの「中間のもの」
だったりするって思うんですよ。
「極端なもの」が答えだったって事なんて
そうそうは無いんじゃないかなぁって・・・


posted by めたか at 06:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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