2004年06月15日

「運動」の相対性について(シリーズ:CCCD問題の深層)

ほぼ日
CCCD問題を取り上げた時の事ですが。
裏話をしますと、
実は、私の担当について相談に乗って下さった
ほぼ日の方は、これをやることに反対されたのです。
「音楽ファンとしての義憤はわかります。
 でも、それが他の読者にとっても楽しめるものでしょうか?」
そういう趣旨だったと思います。

まあでも、
「内容については留守番番長の裁量」って事だったので、
無理矢理、企画を通させて頂いたのですが、
でも、重い課題を背負わされたように感じまして、
その当時、私は某所で
こんな事を書いていたりしたんです。

>音楽ファンではない、一般の人に向けて届くか、
>という事を考えていく中で
>私が思った事なんですが。
>こういう問題があると、ついつい「みんな怒って当然だ」と
>考えちゃいがちなんですけど、
>でも、全ての人が同じように怒ってくれるかってのは
>決まってはいないですよね。
>だけども、
>そういう事を「リスナーの意識の低さ」みたいな問題に
>してしまっちゃう傾向があったかもなあ、と。
>(もちろん、意識の低さって問題は一方ではあるでしょうけど。)
>そういう中で単にこの問題を取り上げたとしても
>「ふ??ん、そうなんだ」と思われてお終い、ってなりかねないなあ、
>そう思ったんです。

で、
私は思うんです、
現状の「輸入権問題」でも、この問題はあるのではないかって。

その辺は、
前の記事でも書いた通り、ですが、
運動に関心の低い人や消極的な人、
さらに、ネガティブな事やレコード会社寄りの意見に
感情的な攻撃をする事って、見かけるんですよね。

それは、
「運動」を広く広めていきたいのなら、
マイナスでしかないって事は、
知っておいた方が良いのではないかって思います。


でも。
1つ「消極派」の方にも考えて欲しい事が、あるんです。

前に
ジーコ解任運動について書いた時も、
似たようなことを書いたのですが、
「運動」のやり方に不満がある、というのなら、
その「運動」は放っておいて、
自分で自分なりのやり方でやれば良いと思うんです。

「現状の運動方針が不満だからやらない」
というのは、だから、
単に自分の怠惰の言い訳に過ぎないのではないでしょうか。

いや、
怠惰は怠惰でかまわないんです、
でも、
怠惰の「言い訳」に、「運動への不満」を使うのは
フェアではないと思う。
「興味ないし面倒だから」という方が
正直で誠実な姿勢ではないでしょうか。


1つ補足
私が左のサイドバーのCCCD問題で
Unforgettable Days さんをリンクしているのは、
今回の記事で主張した視点を強く持ったブログだからです。
こういう見過ごされがちな視点から語る人って
大事にしないといけないと思うんですよー。
(もちろん、だからって全て正しいって思ってる訳じゃ、ないんですけどね。)
posted by めたか at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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