2004年06月16日

たとえ話の妥当性

この話は、ずっと前から書こうと思っていたんです。
でも、
その時にはまだ、「抽象」について説明した文章を
書きかけていた時だったので、
それが終わってから・・・
って事で、
置いておいたんです。

で、
「抽象」について説明した文章は書き上げたので、
(・「抽象的」って言われたら・・・
 ・算数と数学の間
 ・さっちゃんのさんすう
 以上、ホームページ内の原稿より)
たとえ話についても考察してみたいと思います。
・・・って、抽象の説明を書いてから随分と経っていますが、
ちょうど、また「たとえ話の妥当性」を考えたいが出てきたので。


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たとえ話って、何なんでしょう?
インフォシークの辞書で
たとえる」を引いてみます。

>物事・道理などをわかりやすく説明するために、
>似ていることや具体的なことに置き換えて話す。


たとえ話と具体例は違う



たとえ話は、まず、
「説明のための方法」です。
説明のために、
「似ていることや具体的なこと」に置き換えるのですが、
「具体的なこと」だと単なる「具体例」になるので、
ここでは区別しましょう。

つまり、
「たとえ話」とは、
ある事を、別の似たケースに置き換えてみる
その事で「説明する」
という事なんですね。

でも、
なんでもかんでも、置き換えれば
「たとえ話になるか」というと、
そうではないようです。


たとえ話の妥当性はどうやって判断する?



結論を先に言うと、
「元の話とたとえ話が、同じ『特徴・構造』をとる」
事が、必要となります。
全然異なった『特徴・構造』では「説明」にはなりません。

ただ、
ここで注意が必要なのは、
その共通の『特徴・構造』が、
説明しようとするポイントと合っているか?
という事です。
だから、
たとえ話を聞く時は、
何が共通していて、何が異なっているか、に注意し、
「共通点」がポイントに合っていて、
「相違点」がポイントには無関係なのか、
をチェックしてやる必要が、あるんです。
ここが違っていると、すり替わった説明や議論ができてしまう訳で。
だから、
「たとえ話は有害である」という人もいるくらいです。

ちょっと具体例を挙げてみましょう。


徳保はレイプ魔です



この例は実は、
始めに「たとえの妥当性」を解説しようと思った
動機となる文章なんです。
なので、今更ですが、対象とさせて頂きます。

まず、背景の説明はこちらで。
簡単に書くと、
この「悪徳商法?マニアックス」というサイトは、
「悪徳商法と疑わしき商売をしている会社について
 情報提供と考察をしているサイト」
なんですが、
会社名を実名挙げて書いている、というのが特徴で、
トラブルが絶えないようです。
(そりゃぁ、書かれた企業としては「損害」が大きい、
 ですよね。それが事実だろうが無根だろうが。)

そのサイトを、
検索エンジンが強制的に検索結果から排除した、
という問題なんですが、
その行為の妥当性を、
徳保氏は次のようなたとえ話で考察しているんですね。

「A社は悪徳商法です」を
「Z氏はレイプ魔です」に置き換えて、
その言論(中傷)を強制的に排除する妥当性を検討する

さて、
このたとえは妥当でしょうか?

この2つに共通なのは、
『両方とも、事実でないなら、
 書かれた方に著しい損害を与える」という事でしょう。
だからこそ、
確実に事実と認定された事でなければ、
排除するのは妥当だって考える事ができそうです。

しかし、
この2つには相違点もあります。
一方は個人に対する言動(中傷)であり、
もう一方は企業活動の言動(中傷)なんですね。
企業活動は社会的なものなので、
それに対する言動には公益性があります。
なので、
個人に対する言動とは異なったルールが
必要な場合もあるでしょう。

そう考えると、
この例はたとえ話として妥当であるか、に疑問があります。
つまり
相違点である「企業と個人の違い」が、
言論に対する排除のルールに無関係ではない
(むしろ大きな影響がある)例と言えるでしょう。


たとえ話は何のため?



このように、
たとえ話には、誤解や議論のすり替えが起きやすい、
という側面があるかもしれません。
では、
なぜ、たとえ話は多様されるのでしょう?

たとえ話が使われる例は、
そのままでは説明や理解、考察が難しい場合でしょう。
上手くイメージが湧かない場合や、
情報が多すぎてポイントを絞った議論ができない場合に、
身近な事やより単純な例に置き換える事で、
イメージが湧いたり、ポイントを絞った議論ができるようになります。
この時、
元の話とたとえ話の共通点が
議論・説明のポイントと合っている必要がある訳ですね。
「絞ったポイント」が議論のポイントと
合っていないといけないんです。

つまり、
たとえ話の背後にあるのは抽象的な思考なのです。
抽象的な思考をする「助け」となるのが
たとえ話、なんです。
なので、
どういう抽象化がそのたとえ話でできるのか、
が、「たとえ話の妥当性」を判断する基準となるんですね。


今日はここまでにします。
(一度書いた文章が消えてしまったので。)


posted by めたか at 23:24| Comment(4) | TrackBack(2) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このお話は、とても面白いですね。
まあ、徳保さんの強引な例に納得する人は
ちょっと少ないと思うので、
(どうして自分が納得できないかを
めたかさんがうまく説明してくれている
という点が、面白いですけど)
僕としては、
・「抽象的」って言われたら・・・
・算数と数学の間
・さっちゃんのさんすう
この3つのページのほうに非常に興味を覚えました。
(お前の言ってることは抽象的なんだよって
よく言われるし。。。)

すごく分かりやすいんですけど、
「抽象化すること」の意味って
何かを読んですぐ分かることではないって
気がするんですよね。たくさんの積み重ねのうちに
理解するみたいなイメージがあります。
世界をある側面を持つものと持たないものに
切り分ける、ってだけなんだけど。

だから、めたかさんのページを中学生が
読んで、「分かった!」っていうことは
あんまりなさそうな気がするんです。でも、
このページを読んだあとに、同じことをいろいろな人から
何度も聞かされるうちに分かっていくんだろうなぁって
思いました。

「分かる」って変なことですよね。
なんでも一言で「分かれ」ばいいのにと
いつも思っています。
数学の証明とか、いくら読んでも分からなかったのに、
分かってみると、最初からそう書いてんじゃん、って思う
みたいな。
Posted by netwind at 2004年06月18日 01:21
いつもありがとうございます。

>この3つのページのほうに非常に興味を覚えました。

ありがとうございます。
今年の初め頃、力入れて書いていた原稿ですので。

抽象の話とか難しいとかの話とかって、
中学生が良く分かるって事を狙うより、
とりあえず、この課題に関してトコトンまで論じてみよう
って感じに、なっちゃったんですね。
なんで、
そういう人に分かるようにってのは、
また別の原稿でってなると思います。
(あんだけ詰め込まずに、話題を絞って。
 あそこまで論じてあれば、
 そこからネタを取捨選択すれば良いので。)

たとえの方は、まだ続きがあって、
それを今から書く予定です。
徳保さんの話は、説明のための分かりやすい例ってことで取り上げただけで。
でも、このスキームって結構、応用できると思うんです、色々なところで。

分かる・・・
また難しい課題、ですよね−。
なんで「分からない」かを分析したのが
「難しいってどーゆーこと?」なんですけど。
<a href="http://www2.ocn.ne.jp/~countabl/ti/muzzuu.html" rel="nofollow">http://www2.ocn.ne.jp/~countabl/ti/muzzuu.html</a>
あと、私の分析じゃないのなら、
こんなのがあるかな。
<a href="http://www.h5.dion.ne.jp/~japling/main/understanding.htm" rel="nofollow">http://www.h5.dion.ne.jp/~japling/main/understanding.htm</a>
Posted by めたか at 2004年06月18日 22:22
めたかさんのところで遊ばせていただいていると、
まるで手品のように、次から次へと面白い文章が
出てきますね。「難しいってどーゆーこと?」も
ほんとうに感心してしまいました。なんか、世の中に
こんな風に面白い文章がweb上にあって、クリックする
だけで簡単に読めることが、どんなにすごいことか
blogで取り上げようと思ったのですが、現在、
essaさんに反論すべく、いくつかの文章を練り上げている
最中なので、またの機会にさせて頂いて、コメントを
書かせてください。

たぶん、僕が書いた「数学の定理の証明」が
分かるというのは、抽象性も関係していると
思うんですけど、一番は「つながり」という点だったと
思います。「つながり」に気づく瞬間があるんですよね。
僕の疑問の本質は、その“気づく瞬間”に何が
起きているのかという点かなぁと思いました。

紹介していただいた玉井さんの文章では、
「神経細胞同士が結びつくこと」のように書かれて
いますが、これは正しいのでしょうか?
僕にはちょっとイメージが湧かなかったのと、
「分からないときは神経細胞同士を結びつければいいんだよ」
っていうアドバイスが、あまり意味を持ちそうにないので、
こちらのほうには、正直に言って面白みを感じられなかった
かなぁ。

でも、紹介していただいてありがとうございます。
Posted by netwind at 2004年06月19日 01:10
えっと
>「神経細胞同士が結びつくこと」のように書かれて
>いますが、これは正しいのでしょうか?
これは確か「シナプス仮説」と言ったと思います。
正しいかどうかはわかりませんが、一応、定説になっていたと思います。
(今は「シナプスの強度が異なる」のような
 もっと一般的な仮説が取られている気もしますけど)
多分、脳・神経科学的にはコレ以外に考えようがないから、
こういう仮説が取られていると思っているんですけど。

というか、
玉井氏の文章は、
「知識には『分ける』側面と『結びつける』側面がある」
って事を言いたいんだと思います。
でも、
シナプスじゃなくても、知識には「結びつき」って側面はあると思いますし。
<a href="http://www2.ocn.ne.jp/~countabl/ti/knowledge.html" rel="nofollow">http://www2.ocn.ne.jp/~countabl/ti/knowledge.html</a>
Posted by めたか at 2004年06月20日 20:30
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