2004年06月20日

たとえ話のつづき

前に書いたたとえ話の妥当性の続きです。
すぐに書くつもりだったんですが、しばらく空いてしまった。

今回は、前回書いたスキームに従って、
建築業界が文化庁にロビー活動を行うと小倉弁護士のブログ
音楽業界が法務省にロビー活動を行うとUnforgettable Days
この2つのたとえ話を検討します。

まず、簡単にこの2つのたとえ話をまとめておきましょう。
建築業界が文化庁にロビー活動を行うとの方は、

「建造物の著作権保護」の名の下に、
住宅の中古販売、賃貸(レンタル)を禁止(制限)しよう
そういう法律を作ってしまおう

そういう話で、
これはもちろん、音楽業界、コンテンツ業界の
「著作権保護の名の下の、中古販売・レンタル規制」
に対する「たとえ話」と言えるでしょう。

一方、
音楽業界が法務省にロビー活動を行うとの方は、

音楽の世界でも弁護士並みの規制を導入すれば?
音楽家が「お金を取っての音楽活動」をするのに、
弁護士並みの資格試験を義務づける、
海外の音楽家もその試験に合格しないと日本で「音楽活動」が許されない

という話で、
「置き換え」という点で言えば
弁護士を音楽家に置き換えた「たとえ話」と言えるでしょう。


後者は何の「たとえ話」なのか?



しかし、
この2つ目の「たとえ話」は、
何を語ろうとした「たとえ話」なのでしょう?

弁護士の「制度」を音楽業界と置き換える事で、
弁護士の「制度」の規制のおかしさを論じたいもの、でしょうか?
いや、まさかそうではないですよね?

そうではなく、
(前者の例のような)
ある業界の話を別の業界の話に置き換えるという
「たとえ話」を批評する、
そういう目的だと思うんです。
(否定されますか?>なすさん
 っていっぱいペンネーム使っておられるから
 なんてよびかければ良いのか・・・)

で、もしそうなら、
「たとえ話」の本来の趣旨からは
はずれていると言えるでしょう。

というのは、
前回に区別したように
「たとえ話と具体例は違う」から、です。

要するに
この「たとえ話」は、
「ある業界の話を別の業界の話に置き換える」
というたとえ話の「具体例」であって、
それがおかしい、というのは、
「ある業界の話を別の業界の話に置き換える」というのは
常に正しい訳ではない、という事を
言っているにすぎないんですね。
(反例は
 「全てがこうである」を否定できるだけであり、
 「全てがこうならない」とは言えない。)
だから、
「ある業界の話を別の業界の話に置き換える」
他の例が「おかしい」という事にはならない、んです。
他の例がおかしいかどうか、は、
個別に検討するべき課題だと思うんです。


前者のたとえ話を検討する



では、
前者のたとえ話について
前回提示したスキームに従って検討してみましょう。

元の話とたとえ話の
「共通点」は
コンテンツも建造物も著作物であり、
それを「著作者保護」の名目で利用制限する
って事であり
「相違点」は
コンテンツは現物より「情報」の方に価値があり
コピーが容易い事
だと思います。
この「コピーが容易い事」は
今回の論点に影響がないとは言えないでしょう。

つまり
コンテンツの方では、コピーが容易いので
レンタルでも購入に近いくらい楽しめるし
コピーしておいて中古販売することも可能でしょう。
その事の影響は、大きいとは言えます。
それこそが、
このたとえ話が多少大げさには思える理由でしょう。

でも、
「著作物保護の名目で利用制限する」ことのおかしさは、
どちらでも共通に言える事でしょう。
そういう意味では
「大げさな点はあるにしても、
 本質的におかしなたとえではない」
と私は判断します。


最後に、
なすさんの記事のコメント欄に書かれていた
>建築物は、著作物以前に「私有財産」
は、コンテンツの現物についても同じでしょ?
CDやDVD、本なども「私有財産」です。
なので、
>私有財産を規制するためには、
>憲法第29条をクリアする必要があります。
というのはコンテンツの方にも言える事で、
それが突拍子であるというのは
違うと思います。


posted by めたか at 21:10| Comment(15) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> めたかさん
まず、呼び名ですが、それはご自由にどうぞ。
一応、BLOG界では「Sandman」でいこうかなぁ・・・とは考えていますが。

最後の段落の部分についてです。
確かに、CDも本もDVDも私有財産ではあります。
しかし、その価値の大部分は「著作物」としての価値です。
一方、建造物に関しては、第一に土地の価値であり、建造物のハードウェアとしての価値で、よほどレアなケースでない限り、著作物としての価値は低いです。(建築家に依頼した場合、建築価格の5%から10%を建築家に支払います。最大でも、著作物としての価値は、その程度と言う事になります。)
つまり、価値の大部分が、憲法で保障されているのか、著作権法があって初めて保護されるのか、大きな違いがあります。

もっとわかりやすく書くと、著作権法がなかった場合、中古CDの値段はほぼ0円になります。何故なら、鳥除けくらいにしか使い道がないからです。一方、建造物の場合、数%も下落しません。

ちなみに、「弁護士制度の規制のおかしさ」を論じる意図の有無については、ひ・み・つです。
Posted by なす(sandman) at 2004年06月21日 00:03
sandman さん、コメントありがとうございます。
えっと、

>しかし、その価値の大部分は「著作物」としての価値です。

それは確かにその通りですね。
で、ちゃんと文中で考慮もしているんですよ。
>コンテンツは現物より「情報」の方に価値があり
>コピーが容易い事
で、このことが、小倉さんのたとえ話の妥当でない部分と言えるでしょうね。
あと、嗜好品(趣味のもの)と必需品の違いもあるか。
だけど、前に書いたようにたとえ話って多少は大げさになる所はありますし、
「根本的に違う話」にはなっていない、とは思うんですよ。
Posted by めたか at 2004年06月21日 01:22
実は、書籍、雑誌、音楽CD等の価格の大半は、その「創作性」とは無関係の部分に対応していたりしますし、反対に著作物性を有するような建築物については、設計者に多額の設計料が支払われたりするのです。

貸与については、日本以外の国では「私的使用目的の複製に利用される」という実態が一般的かどうかということに注目して排他権を与えるか否かを決定しているわけですが、日本では、単純に新品の代替となるか否かに注目して排他権を与えてしまいました。おかげで、書籍、雑誌を不特定または多数の人に貸与することが禁止されるほとんど唯一の国に成り下がってしまいました。

なお、なすさんのたとえ話がつまらないのは、まずはセンスの問題だと思います。高校生のころに漢文にはまっているとたとえ話になれるのですけど。(経済学的には「信用財」概念を知らないことも問題かとは思いますが。)
Posted by 小倉秀夫 at 2004年06月21日 02:26
小倉さん、コメントありがとうございます。

えっと、
色々と思う事はあるんですが、
整理して書く時間が欲しいです。
夜まで待って下さい。
Posted by めたか at 2004年06月21日 07:16
> めたかさん
あと、もう一つ重要な点は、ゼロサム市場か無制限供給可能市場かと言う視点も見逃せません。
ウワモノだけの視点であれば後者と取れなくもありませんが、撤去に要する費用やマンションのように他者の権利も絡んでくることを考えると、(土地の権利も含めて)建物はゼロサム市場に近い。つまり、中古を売っていかないと成立しない市場です。
一方、CDや書籍などは、資源の有効活用と言う地球環境問題の側面を除けば、事実上、供給能力は無制限です。これは、他の製品にはない特徴です。
この点も、見逃してはいかんぞ、と思っております。

>小倉さん
はい。つまらないことは自覚しております。
高校生の頃は、スポーツと女性にはまっておりまして、漢文の授業は寝てたか、麻雀をしてたか・・・アル中の先生だったんで。
Posted by sandman(なす) at 2004年06月21日 13:09
小倉さんの視点は「CD等の価格に占める著作権者の取り分」という事ですよね。
一方、「モノの価値に占める創作性の割合」という点ではコンテンツ産業の方がずっと大きい、と言える。
その2つの「側面」がある事は、ご理解しておられると思うんです。

それぞれの側面が、「論点」にどのように影響するのか、
という視点で問題を整理しないと、
建設的な議論になっていかないと思うんです。
それは、sandmanさんの(新たな)問題提示に対しても言える事で、
「この点は違う、この点は同じ」って事は、
いくらでも言えると思うんです、
それだけじゃぁ、議論にならない。

お互い相手に不利になる事(自分に有利な事)を挙げるだけではなく、
論点を整理するように努めませんか?
(その為にスキームを用意したって事もあるんですし。)
あと、
たとえ話って、あくまで「説明のための方法」なので、
たとえを使っての議論って、「観客に見せるための議論」になっちゃうんですよ、ある程度いけば。
なので、
「政治的」な事も考慮してもらえれば・・・
って思います。
<a href="http://at-most-countable.mo-blog.jp/at_most_countable/2004/06/post_40.html" rel="nofollow">http://at-most-countable.mo-blog.jp/at_most_countable/2004/06/post_40.html</a>
「政治的」って相手を貶めようって努力する事じゃ、ないですよん。
(特に小倉さん! 最後の段落は、私は好きじゃないです。)
Posted by めたか at 2004年06月21日 22:14
 私は、中古ゲーム訴訟のころから、コンテンツ系商品においては、「コンテンツ」の価値に負けず劣らず、「物」自体の価値が大きいと考え、そのように主張しています。新品のゲームソフトと中古のゲームソフトは、ゲーム機にかけると同じ画面が出てきて同じ反応をするでしょうが、消費者が適正と考える価格は自ずと違っています。これは、音楽CDについても、書籍についても同じことがいえます。書籍なんかは、同一のコンテンツについて、媒体の「質」に応じて、複数の価格帯の商品が同時並行的に生産・販売されることは少なくないわけですから、この点は顕著です。特に嗜好品の価値は、多分に記号論的に決まっていくのであり、「コンテンツ」のみが記号論的な商品価値を高めるものでもなければ、「コンテンツ」こそが記号論的な商品価値を高めるものでもありません。「コンテンツ」は、記号論的な商品価値を高めうる「One of Them」に過ぎません。
 
 でも、「コンテンツ」が記号論的な商品価値を高めうる程度は、他の商品において「創作性」が記号論的な商品価値を高めうる程度よりも一般的に大きいではないかとの反論もあり得るとは思いますが、本当にそうなのかは実はよくわからないところです。書籍の価格を決める大きな要因は、「コンテンツ」の善し悪しではなく、媒体の品質、ページ数、発行部数など、「物」に関する部分です。音楽CDについても、「コンテンツ」の善し悪しによらず、収録されているCDの枚数と流通経路が価格を決める大きな要因となっています。むしろ、建築物の方が、設計の善し悪しで価値自体が変わる度合いが大きいとさえいえます。
 
 ついでにいうと、日本の音楽配信サービスがいけていない理由の一つは、「コンテンツ」の価値を過信しすぎていることにあるのではないかと思います。iPodに収録できるコンテンツと、MDにしか収録できないコンテンツとは等価値ではないし、ましてダウンロードしたパソコンでしか聞けないとか、高くて持ち運べない専用家電機器を用いなければ聞けないコンテンツとは全く商品価値が異なるのに、それを無視した商品設計、価格設定をしている。同じ「コンテンツ」を配信するにしても、これでは流行るわけがないと私は考えてしまいます。
Posted by 小倉秀夫 at 2004年06月22日 01:51
小倉さん、了解しました。

え、私が思うのは、
ぼちぼち、このたとえ話から離れた方が良いかなって。
小倉さんのたとえはとても面白かったんですが、
ぼちぼち、その役目を終えたって思うんです。
もう、たとえを使わなくても、その辺の議論はやれると思う。

私も、「コンテンツの価値が過剰に信じられている」
って事は、実はあると思います。
マックなんて、性能やソフトより、全体としてのイメージみたいなのが商品性になっているでしょうし。
Posted by めたか at 2004年06月22日 07:06
> 小倉さん、めたかさん
「コンテンツの価値」をある程度推定する方法ってあると思うんです。音楽部分のデータの価値を0円と仮定した場合に、支払う金額を考えてみます。すると、その差額が「コンテンツの価値」になるのではないでしょうか?
CD品質の音楽データは無料で手に入る時に、ジャケットとケースと1枚のCD-Rにいくら支払うのか?ってことです。せいぜい200円か300円ではないでしょうか。
書籍の場合も、ちょっとややこしいですが、表紙と紙の束に幾ら支払うでしょうか?あるいは手間隙を合わせる為に、ランダムな文字がギッシリと印刷されている場合はどうでしょう?何もないより、もっと価値は下がりますよね。
その差にこそ、著作物の著作物としての価値があるのだと思います。
Posted by sandman at 2004年06月23日 18:31
では、CD音質の音楽データが収録されているCD−Rが、ジャケットもケースもなしでむき出しで売られていちゃとして、それに2800円〜3000円くらいのお金を支払うのかというと、支払わないのではないかという気がしますね。

まあ、私は、ペットボトル入りのウーロン茶がふた無しで売られていたとしたらただでも買わないような気はするのですが、だからといって、ペットボトル入り飲料においてはふたの価値が130円くらいだとかそういう言い方はしないと思うのです。
Posted by 小倉秀夫 at 2004年06月23日 22:12
小倉先生

ペットボトルの例、うますぎます。
何度も書いて、失礼の段、お詫びしますが、
「記号論的」なんて言葉より、こっちの方が
絶対分かりやすいと思います。

まあ、ちょっと農薬が入っているリスク(笑)とか、
コンテンツ(飲み物)を変化させている可能性が
高いという、別の要因がありそうですが。。。

でも、ちょっとうけました(笑)。
Posted by netwind at 2004年06月24日 00:13
だからぁ・・・・

そういうの言い合うって、
キリがないって思うんですよ。
ああいう事ができれば、こう言う事もできる。
例えば、
「コンテンツの価値」を、そういう面から考える事ができるのと同様、
それじゃぁ、CD3000円のうち、誰のポケットにいくら入るかってのを試算して、
ミュージシャンら「著作権者」に入る分を「コンテンツの価値」と考える事だってできる。
だいたい、「物の価格」って、需要と供給のバランスで決まる、って考えるのが
「経済学の基本」な訳で、
CDだって、もっと安ければこれくらい売れる、もっと高くてもこれくらい売れる、って事も考慮すると、
sandmanさんの試算方法ではいくらでも変えれると思いませんか?
もうやめましょう!
Posted by めたか at 2004年06月24日 00:13
すみません。

めたかさんの言うとおりです。
煽るような発言、失礼しました。

だって、面白かったんだも??ん。くすん。
Posted by netwind at 2004年06月24日 00:16
netwindさん>
いえ、気にしてないですよ。
というか、netwindさんが書いているの、気づかなかったです。

ただ、
この辺で止めておかないと、
延々とやりそうかなって思いまして。
音楽配信メモさんトコの掲示板とか見てると・・・
いや、益ある議論なら、いくらして頂いても良いんですけど、
お互い「相手を論破しよう」ってしてる議論って、
相手にするのも疲れるんで・・・
Posted by めたか at 2004年06月24日 00:29
> めたかさん
デジタルコンテンツビジネスの場合、基本的に需要を圧倒できる供給能力がある。このことを忘れている場合が多いように思います。

私は1つの価値計算方法を示しただけですので、めたかさんのような考え方もあると思います。少なくとも、今日、スタバでコーヒーを買った身としては、ペットボトルの蓋よりもめたかさんの論の方が説得力はあります。
まぁ、蓋が無いってのが、飲み口が無いって意味であれば、、、買わないかもしれません。
Posted by sandman at 2004年06月24日 21:27
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