2004年06月24日

ヒトクローン胚研究、容認へ

え、まず、「業務連絡」
離婚弁護士の感想は、この後に書きます。
(先ほどまで見ながらメモしていました。)
先にこちらを仕上げます。
ま、12時までには、離弁の方も仕上げられれば・・・
(早く寝たいし)


実は、昨日の晩にこのニュースを知って、
記事にしないとって思ったんですが、
眠気に負けて寝てしまいました。
今日、新聞各紙一面で、他にもニュースで
大きくとりあげられていると思いますけど・・・

ヒトクローン胚:難病研究などに限り容認

今、essaさんとかとやっている論争の動機として、
ほぼパラレルな葛藤を、私も切実に持っていて
と書いているんですが、
この問題なんて、まさしくそう。

本音を言うと、
こうやって少しずつでも研究が認められていくのは、
研究者としては歓迎なんです。
だけど、
「そうやって、どんどん決まっていきますけど、
 良いんですか?」
って言いたいんです。

いやでも、
「現状の意思決定システムの上」においては、
この問題は、慎重の上にも慎重にって感じで、
議論が積み重ねられてきているんですよ。
(この問題って、
 かなり長い時間かけて議論してきていると思う。)
それについては、文科省のホームページで公開されています。

といっても、
議事録などを読んでも、どんな話し合いがされていたか、
ちょっとわかんない、ですよね?

それで、
著書『絶対音感』で有名な最相葉月さんが、
生命倫理のホームページをされているんです。
そこで、この問題についても取り上げておられます。
最相葉月のなんでやねん日記
(リンクは最新のものです。6月24日更新分)
最相さんはこの専門調査会を最初からずっと傍聴されているそうで、
その方が、問題を分かりやすく解説してくれています。
(私も、さすがに文科省の議事録なんて読んでないですし。
 昔、読んでた事はあったけど・・・
 なんで、この最相さんの記事は参考にしています。)
これによれば、
決定のプロセスに、かなり問題あったと言えるでしょう。
決定が多数決、
ま、それはしょうがないかもしれない、
どこまで言っても結論が出ないことかもしれないから。
だけど、
問題はその内容、みたいですね。
過去ログとかも見てみると、
まず、「ちゃんと出席していない人」が多くて、
たまに出てくる人が、「進んだハズの議論」を
引き戻したり引っ掻き回したり、していたそうです。
それで結局、「数の論理」
(しかし数と言っても、どういう委員を選ぶかってのは、
 文部科学省が恣意的に選んでいる訳で。)
で押し切ったけど、
細かな手続きなどは全然決まっていない
(そんな状態で「容認」と言っても、
 条件次第って人もいるだろうにね。)

って感じで、
そのプロセスには「推進派」の私からしても、
問題あるなぁってものですね。
(まぁ、これはあくまで最相さんの目から見て、
 ですけど。)

しかも、
研究者にとっても制限の多いものと言えるようですね。
実際に認められたと言っても、
様々な制限が付いたものになっています。
だから、
「人クローン胚容認といいながら、
 この要件ではなかなかそこまではいけない」
なんでしょう。
(だから、業界向けのニュースでは
 こういう記事になっている。)

私が少し、背景知識を足すと、
最近、他の国々でもクローン研究が認められてきているので、
急がないと日本も取り残される、
という焦りがあったように思います。
(なんで、日経バイオのメルマガなんかは
 「このままでは日本は取り残される」といった
 「アジ文」を載っけまくってたっけ。)

ま、きっと、
研究者の側から「これでは研究はできない」
という意見が出て、
なし崩し的に条件が緩和されていくんだろうなぁ
って思いますけど。
(で、それに向けて日経バイオがアジる)
そして、
上に書いた「背景」があるので、
認められて行く流れになるでしょうね。
でも、
この最相さんの文章を読んでいると、
そのプロセスも無茶苦茶なものになっちゃいそうだなぁ
って思いました。

もう一度繰り返しますけど・・・

「そうやって、どんどん決まっていきますけど、
 良いんですか?」


こういった問題については、
また取り上げます。
もし良ければ、読んだ方々、
気軽にご意見を残して頂けませんか?
posted by めたか at 12:39| Comment(2) | TrackBack(1) | 生命倫理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨日の朝刊に出てたので、当然めたかさんは取り上げると思っていましたが、昨日はちょっと疲れていたので、コメントは今日になってしまいました。

僕が一番印象に残っている話は、NHKでやっていたのですが、アメリカ人の腎臓に先天的な病気を持っている女性の話です。その女性は自分と同じ遺伝子を持ったクローン人間の誕生を望んでいました。その理由は、自分と同じ遺伝子を持ったその妹(彼女はそう呼んでいました)から腎臓移植を受けたいと考えていると語っていました。

僕はこの話をものすごく衝撃を持って聞きました。クローン人間は一卵性双生児と同じなのだから、とりあえずいいことにしましょう(もちろん問題ですけど)。でも、その「妹」さんが生まれてきて、自分が遺伝子が同じ「姉」に腎臓を提供するために、この世に生まれてきたということを知ったらどう感じるだろうか? これが僕にとっての、非常に強烈な疑問でした。

どう考えたらいいのでしょうか? ひとつの可能性は、非常に否定的にとらえる可能性です。普通の人は、ありとあらゆる可能性を持ってこの世に生まれてくるのに、自分にはある目的があってこの世に生を受けたことに対して、怒りの感情を抱くのではないかと思いました。これは僕だったらそう思うかな、というのがあります。そして、僕だったら腎臓の提供を拒否するかもしれません。

あるいは、僕のように、この世に生を受けた理由も分からず、彷徨っているような感覚を、多くの人が持っているのを知って、自分がこの世に生を受けた理由が明確であることを、むしろ喜ぶかもしれない、とも思います。

分かりません。でも、どうしてもこの女性の感覚は、あまりに傲慢すぎると感じました。こんなことを言うのは、間違っていると言う人もいるでしょう。癒える見込みのない腎臓の病気に何とか生き延びたい気持ちがどんなものか、僕には分かっていないのかもしれません。

クローン人間が認められたわけではありません。でも、この話をどうしても思い出してしまうのです。
Posted by netwind at 2004年06月25日 23:54
貴重な話、どうもありがとうございます。
これこそ正に、生命倫理って話ですね。

え、技術的な事を書けば、
臓器提供のためにクローン人間を作成って方向よりは、
クローン細胞から臓器を作るって方向に話は進んでいると思います。
(ただ、実はここに、ちょっと残酷な話があるんですが・・・
 書こうかどうか、迷うような話です。)
クローン人間が認められるとしたら、
ゲイのカップルのような原理的に子供が作れないような例に対して、ではないでしょうか。
そういう人からのメールも、来たんですよ、ほぼ日で。

この件については、また記事を書きます。
Posted by めたか at 2004年06月26日 22:01
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再び、生命倫理について
Excerpt: 前に書いたクローンの話について、 netwindさんのコメントが、 非常に参考に
Weblog: at most countable
Tracked: 2004-06-27 21:36
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