2004年10月14日

インターネットと「バカの壁」

え、この記事を書けるのは、
sandmanさん、有芝まはる(ryさんのお陰です。
どうもありがとうございます。

で、その教えて頂いた記事を。
ネットに「新聞」を作る意義?
この記事の中で紹介されている
『インターネットは民主主義の敵か』という本に、
インターネットは
自分の好みに合う意見・ニュースばかりを聞いて
自分とは違う立場の人と対話する場が利用されなくなる
という視点が書かれていて。
(それで、
 それは民主主義に有害だろうって。)

同じ事、私もずぅっと、感じていたんですよ。
で、
特にブログは、その傾向が強いなぁって思っています。
だから、
危ないよなぁって・・・

前に
今さらながら『バカの壁』という記事で、
>ウェブでの言論状況について、
>書こうと思っている事が、
>この『バカの壁』に関連しそうだって思ったので。
と書いた
「ウェブでの言論状況」って、
こういう事を言うつもりだったんですよ。

そもそも、
人間って、自分にとって都合の良い意見の方を、
主に聞いて、
都合の悪い意見を遠ざける傾向がある訳で、
インターネットって、
その傾向を強めてしまうよなぁって。

それこそが
「インターネットはバカの壁にならないか?」
って事なんです。


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この「バカの壁」書評シリーズについては、
中途半端に止まってしまってるんですが、
(そして、続けるモチベーションは無くしちゃってます)
そこの最後で
「科学的」って事を、書いているんですね。
『バカの壁』から科学の話
それでね、
前の記事で「情緒」について書いているんですが、
その「情緒」って事に流され過ぎてしまうと、
どうしても
「バカの壁を助長」する方向に、言ってしまうのではないかって、
思うんですよ。

「論理」って事を説明するのは難しいんですが、
割と「論理」って、「情緒」に流されやすいんですよね、
だって、
「論理」って、実はどのようにでもいじる事ができるから。
なんで、
「情緒と論理」を対比させる事が間違ってると思うんです。
そうじゃなく、
対比させないといけないのは、
「情緒と科学」じゃないのかなって。

そういう意味で、
「科学って、こういうものなんですよ」
って事を伝えようという、私の役割って、
大事なんじゃないかって、思っているんです。


(その「対比の問題」の一つになるのが、
 生命倫理じゃないかって思ってるんですが、
 それについては、また書こうと思っています。)

(あと、
 「論理についての解説」も、
 ホームページの方に予定しているんですが、
 いつ書く事になるでしょう・・・)


posted by めたか at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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