2005年03月21日

[at]「右」と「左」の定義法

も書いたんですが、
右とか左とかのレッテルより
「モテない」とかのレッテルの方が効くよねー。
めたかです。

さて、レッテルです(ってなんて書き出しだ(笑))
未だに他人に対し「右」とか「左」とかのレッテルを貼って
満足している人たちが、居るって事が
なんだかなー、なんですが。

すでに同じような事を言ってる人、居るかも、ですが、
「右」とか「左」とかの明確な定義法として、
こんなのが考えられるんじゃないかって思う。

自分と異なった価値観(の意見)に対して
「右」ってレッテル貼りをする事が多い人は「左」
一方
自分と異なった価値観(の意見)に対して
「左」ってレッテル貼りをする事が多い人は「右」

こーゆー事で良いんじゃないでしょうか。

一応コレ、ちゃんと理屈としても合ってると思うんですよ。
というのは。

自分と異なる価値観に対して、
「右」とか「左」とかの「方向付け」って、
なかなか出来るものじゃないって思うんですよ。
そんな「位置」なんて分からない。
でも、
多くの異なる意見に対し「右」って言える人は、
その「異なる意見」よりも自分が「左側」にあるって事は
自覚しているんだと思うんです。
という事は
「右」ってレッテル貼りをしている人は
その意見より自分は「左だ」って表明してるのと
同じって事でしょう。

多分
レッテル貼りをしてる人の多くは
「自分は真ん中だ」って主張するんでしょう。
でも、
はっきり言って、「どこが真ん中か」なんてどーでも良いんですよ。
そんなの、どうやって決めるのって話ですから。
それよりも、はっきりと分かる事は、
「レッテルを貼られた意見」と、貼った人との位置関係
だけでしょう。
「右」とレッテルを貼った人は
その意見より「左側に居る」って事だけが、確かな事です。

貼られた側の方は、その「思想の位置とか方向」について
特に言ってる訳ではないですよね。自分は右だ、とかって。
(別の所で既に言ってるのかもしれないですが、
 ま、そういう特殊な場合は除きましょう)
だから、いきなり言われた事については分からないし、
責任も取れないでしょう。
でも、
「貼った側」の方は、少なくともその「相対的な位置関係」については
その人が言った事ですし、責任も取れるはず。
(「その意見よりは自分は左だ」ってね・・・)

だから、
レッテル貼りによって主張される「位置関係」の結果は、
貼った側の方に帰着させる方が合理的だと私は考えます。

(ここまで、具体例としては
 「右」とレッテルを貼る例を取りましたけど、
 「左」とレッテル貼る場合でも同様に考えられます。)


という訳ですので、
皆さん、今後は

自分と異なった価値観(の意見)に対して
「右」ってレッテル貼りをする人は「左」
一方
自分と異なった価値観(の意見)に対して
「左」ってレッテル貼りをする人は「右」

と判断するようにしましょう。
(この判断法が行き渡れば、
 ウザいレッテル貼りが、少しは収まるでしょうし・・・)
posted by めたか at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月28日

[at]どうして感情的にムカついてしまったのだろう?

ガ島通信さんの
日本は哀れな国…」の記事のコメント欄
次のような事を書きました。

###
うーん・・・
ちょっとね、ガ島通信さんの態度も、
感情的すぎるんじゃないでしょうか。

いや、分かるんです、
私も朝のニュースでその会見の場面を見て
不愉快な気持ちになりましたし、
近い事は、思いました。
でも・・・
だからと言って、それで「差別主義者」にまでなってしまうのは・・・

相手が感情的な敵意で接するからと言って、
自分たちも同じように接して行くとすれば、
「溝」は益々、深まるばかりだと思うんです。
(イスラエルとパレスチナの関係が他人事じゃないですよ、
 それじゃ。)
こういう時こそ、冷静になって、
どうすれば溝を埋めて行く事ができるかを、
こちらの方から考え、働きかけて行く方が、
後に後悔しないんじゃないかと私は思う。
もちろん、
相手の言いなりになる必要なんてないし、
向こうの非は、
それはそれで指摘していけば良いと思うんですけどね。
こっちが「感情をぶつけ」てはダメなんじゃないかって。

お願いします。冷静になって下さい。
###
(このコメントは、
 ガ島通信さんが追記する前に書いたものです。)

カッコつけて書いていますが、
でも、正直に白状すれば、
私も、朝のニュースで記者会見を見て、
非常に不快に感じていましたし、
実際「あれはないよね」と話題にもしていたんです。
ガ島通信さんの記事を見て、
逆に、私自身が気づいてしまった、というのが、
実際の所なんです。

多分、私も、
ガ島通信さんと同じくらい、ムカついていたと思います。
だから、
ガ島通信さんに「冷静に」って言う資格は、
少なくとも私には、ないんですよね。

だけど。
そういう感情的な反応は間違いだって事が
おかげではっきりと分かりました。
その上で、
ちょっと考えた事があるんです。

なんで、私は、それほどまでムカついてしまったんだろう?

つまり、
自分自身の「ムカつき」の原因を
内省してみようと、思ったんです。

どうして
「日本は哀れな国だ」
「外国人には日本に来るなと言いたい」
「日本で働くことはロボットになること」
とか言われて、ムカついてしまったのか。
それは、
当たってる所があると思ってるからじゃ、ないかなって。

だって、
これが全くの頓珍漢な事だったとしたなら、
少なくとも私自身が、違ってると思っていたのなら、
そんなにムカつかなかったんじゃないかって思う。
キョトンとしただけ、じゃないかって。
少なくとも感情的な反発は、起こさなかったでしょう。

そうじゃなく、
私自身が、日本は優しさの欠けた哀れな国で、
そこで働く事はロボットになるって側面があって、
外国人に冷たい、そういう国だって自覚があるから、
その事に、私自身が辛いって思ってるから、
だから、
ああいう言い草に
「じゃあ、日本に居ないとイケナイ私たちは
 どうすれば良いんだよっ!
 私たちの気持ちを考えたのか?」
みたいな反発が、起こってしまったんじゃないか・・・

少なくとも、私自身は、そうだなって、思ったんです。

そして。
だとするなら、それは「怒り」の向ける場所が、
間違っている、と思いました。

だって、
日本に生きる苦しさとか悲しさとかは、
この在日韓国人2世の人のせいじゃないんですから。
もちろん、
こんな私たちの気持ちを考えない言い草をした人への怒りは、
当然あります、でも、
巻き起こった痛みや怒りの根本にある事の
原因は、この人のせいじゃ、ない。
(そして、
 この在日韓国人2世の人も「怒りの向け先」が
 間違っているんです。)

本当に怒りを向けないとイケナイところと、
無関係にいがみ合ってるって構図は、
すごく不幸だなぁって私は、思う。
そして、
そういう構図に気づいて行くって事が
「メディアリテラシー」じゃないかなって
私は思うんです。


#ちなみに
#私は実は「在日の人も公務員の幹部になれるべき」
#というのは、必ずしも正しいとは限らないと思ってます。
#つまり、
#原告の主張を全面的に支持してる訳じゃ、ない。
#日本という国をどうしていくか、という枠内で、
#議論していくべき課題じゃ、ないかなって。


参考:NHKの問題にふれて

>かんがえてほしいことは、この苛立ちや反感の底にある
>閉塞感や現状への不満が、ほんとうはどこに向けられる
>べきものか、ということなのだ。

>公共の放送局が「報道」という公共の役割を放棄し、
>また言論の表明という役割まで忘れ去って、
>自己(組織)の弁明だけを放送し続ける無残な映像は、
>自己の利益と安全の確保しかかんがえられなくなって
>しまった、現在の日本の人々の心の姿を投影した
>もののようにおもえたからだ。
posted by めたか at 00:14| Comment(8) | TrackBack(2) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月13日

[at]もう1つ、メディアネタを

磁石と重石の発見さんで知った
これも紹介しておきましょう。

「日本語力」低下 4年制私大、国立さえ… 「留学生以下」お寒い大学生
何かおかしい!この記事

ミソになりそうなのは、
「全部の学生」
ではなく
「中学生レベルと判定された学生」
の「3人に2人」が
サブタイトルにしている「憂えるを喜ぶに間違う」
という事。
また、
正解の学生が0%だって事もミソでしょう。
(つまり、
 コレを正解するような子は除外して、
 残りの子の中から、
 この割合(67.7%)が出されたって事ですね。)

ちなみに、
この「調査」をしたとされる「メディア教育開発センター」は
メールでの「取材」に答えていて、
この機関がこういう「報告」をした訳じゃないそうですね。
詳しくは、リンク先をご覧下さい。

だとすると、
大谷氏のコレ
かなり恥ずかしい話だよなぁ。
この結果、鵜呑みにしたんだろうか?
いくらなんでも、「憂えるを喜ぶに間違うのが6割」
って事は、ないでしょう(苦笑)


笑えるって事なら、
話題になってるこれも紹介。
広島市曰く「警告は出ますがセキュリティ自体には問題ない」

笑えるけど、笑えないかも。
私も「警告無視して「はい」をクリック」
してる事、あるなぁ・・・
posted by めたか at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[at]キーワードは「透明性」では?(NHK政治介入問題)

しまった。
今朝更新したネタで「簡易表記」入れるの忘れてた。
めたかです。
いえ、もっと上位コースだったら、
こういう登録をすれば良いようですが(例はcocologのもの)
(それか他にやりようがあるのかも、ですが・・・)
今の私の「技術レベル」では、
記事タイトルに一々[at]って入れていく以外、
やり方が思いつかないのです(泣)
まぁ、これは「RSSに簡易表記を入れる」のが
目的みたいですから、
あとでタイトルから[at]を消すって手も、ありますけど。
(でも、それもカッコ悪いなぁ。
 誰か教えて、良いやり方。)


さて、
今日もまったりと更新しようと思っていたんですが、
ちょっと気が変わりまして・・・
あまりやるまいと思ってた「時事ネタ反応」を。

そう、「NHK政治介入問題」です。

NHK番組に中川昭・安倍氏「内容偏り」 幹部呼び指摘 (朝日新聞)
NHK特番:自民・安倍幹事長代理らが放送直前に介入?
NHK:中川経産相も特集番組「偏りある」と指摘−−放送前、幹部に(毎日新聞)
「政治介入で番組内容変更」NHKプロデューサー会見(読売新聞)

<安倍氏の反論>
事実と全く違う NHK問題で安倍氏反論
NHK政治介入:安倍晋三氏「事実と全く違う」
朝日新聞H17/1/12記事で「誤って」伝えられている事項(安倍晋三公式サイト)
マリンブルーの風さん経由)


色々と細かな点を突っつき始めると、
ややこしい話になりそうなので
(そーゆー話は、個々で判断下さい。)
大まかな話を。

コレ、
告発した側から大まかに話をまとめると
「当初、放送しようとしていた番組内容が、
 放送前に政治家から圧力を受けて大幅に変更になった」
という話。
しかし、
一方、政治家(安倍・中川両氏)側からすれば、
「政治的に偏りのある番組を放送しようとしていたので、
 公共放送としては問題だと指摘した」
という話。
告発側の話は、
確かに「けしからん話だなぁ」って思う訳で。
一方、政治家側の意見を聞けば
「公共放送に『公正にしろ』と意見するのに
 問題あるとは思わない」
って事も、思うんですね。
(もっとも、
 私はこのブログで繰り返し
 「中立とか公平とかの絶対性への疑義」を言ってる訳で、
 だから、この件でも「公正中立って何よ?」って事も
 思わないでもないですが、
 まぁ、それは今は置いておきます。
 もっとも、この「民衆法廷」は
 被告側の弁護士も居ないものだったそうで、
 問題はあったんだろうなぁって事は推測してますが。
 まぁ、見てないのでこれ以上の論評は控えます。)

ただね、
その辺を勘案したとしても、
私は「政治家側の手続きに問題があった」と思います。
それは、こういう訳です。

要するに
「政治家のメディアへの圧力」が問題だと思うのは、
自分たちに都合の悪い言論を握りつぶす事をしかねない
って事な訳ですよね?
だから、
メディアの報道内容に文句をつけるのなら、
その手続きに透明性が保たれているか、というのが、
キーになるのではないか、と思うのです。

つまり、
今回の問題についても、「放送内容に問題」があったなら、
いや、あればこそ、なおさら
「公共放送であるNHKで、
 こんな問題ある番組が放送されようとしている、
 それは問題あるのではないか?」
と、公開で問題視すれば良かったのではないでしょうか。

それに、
ちゃんと「透明性」が保たれていたのなら、
「政治家に都合の悪い言論を握りつぶす」って事には
ならない訳ですよね。
政治家が「メディアに文句をつける」言論も
多くの人に晒される訳ですから・・・
(だから、
 HPなんかで「こういう文句をつけたんだ」って
 公開していけば良いんですよ。
 特に安倍氏はネットに力を入れてるんですし。
 今回のような内容だったら、
 支持する人も多かったのではないでしょうか。)

そういう意味で、
放送前に(国民から見えない所で)問題指摘した
安倍・中川両議員の行為は、
内容はともかく、手続き上の問題はあったと
私は結論づけます。
(もっとも、
 メディアが報じなかっただけで
 両議員が何らかの形で「公開」していたのなら
 私の書いてる事は頓珍漢って事になります。
 まぁ、そういう話は今の所聞いていませんが。)

ま、
過去の事をあれこれ言っても仕方がありませんので
(それに、この記事は安倍氏のHPにTB打つので)
両議員の今後の対応を提案しましょうか。

それは、
この記事で主張してきた方向で、
だいたい言い尽くしているのですが、
「問題を指摘した事は間違いではなかったと思うが
 もっと国民に見える所で行えば良かった。
 今後は公開の場で問題を指摘するようにしていく」
って方向に持っていかれてはいかがでしょうか。
それなら、
前向きな提案も含んだものなので、
多くの人の支持が得られるだろうと思います。


###
「NHK側が自分で判断して変えたものだ」
という言い分は、あるでしょう。
でも、
「予算権を持っている与党の有力政治家」
という立場を考えると、
それはレトリックの問題だなぁって気もしますし、
何にせよ
「圧力と取られかねない言動」に関しては、
陰でこそこそやらずに公開で是非を問うべし、
という趣旨には賛同頂けると思います。
言いたいのは、そういう事なので。


###
最後に付記しておきます。
私は、元々の放送内容が偏った問題あるものだったか、は
良く分かりませんし、判断しようとも考えていません。
というか、
正直な話をすると「従軍慰安婦問題」って
あまり関わりたくない話なんですよ、私には・・・


###
1月17日・追記
ゴーログ
安倍晋三問題なのか、それともNHK問題なのか?
にトラックバックします。
この記事はバランスは取れてるとは思いますが、
「政治家の言動の透明性」というポイントは
述べられてないかなぁって思いましたので。
あと、
Return of the まにあな日記」さんにも答えておくと
当方、法律は素人で放送法は理解してるとは思ってない
(今回の事で、記事をきっかけに文自体は読んだけど)
放送法から見てどうこう、という事ではなく
「政治権力による検閲」を防ぐための必要事項
って点から考えています。
posted by めたか at 22:55| Comment(4) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月09日

政治学生の拡声器とマスメディアについて

金八はまだ見れていません。
めたかです。
えっと、なんかアクセス増えてるみたいなんですが、
どこかからリンクされてるんでしょうか?
アクセス解析はずしているんで、
その辺、全く疎くなっていまして・・・
(転送量からだいたいのアクセス量は分かるんですが・・・)
知ってる方、良かったら教えて下さい。

確かにブログ人、劇重ですねー。
その辺がちゃんとしてないブログ人って、
他にメリットって少ないと思うんですが・・・
(まぁ、私、ブログ人に対する気持ちは冷めてますけど。
 ただ、
 プライベートの事情から、移転は3月以降です。)


今日もまた、正月に色々考えた事シリーズを書きます。
キリンジ評も実はそうだったんですよ。)


大学時代、私は真面目に勉強した学生だったと思います。
出ている学生が数人の授業でも、
ちゃんと出ていたんですよねー。
その中でも、印象に残っている授業が、あるんです。
それは、ある数学の授業。
その授業の先生は、すごくおっとりとしていて、
というか・・・
なんか、授業中、しょっちゅうつまって、
黒板の前で考え込んでしまうんです、10分20分も、
生徒を放ったらかしにして・・・
その間、教室には何の物音もせず、
外で鳴いてる蝉の声が教室中に響いていて
(だから「静けさや岩にしみいる蝉の声」っての、
 実感もって理解できます^^)
「あぁ、時間を、無駄にしてるなぁ・・・」って
いつも思っていました(笑)

そんな先生ですが、
一度だけ、良い事を言った事があるんです。
ある日、窓の外で、政治活動をしている学生が、
拡声器で何かを主張していたんです。
それはまぁ、良くある事ではあるんですが、
その日はいつもより、ボリュームが大きかった・・・
なんで、ホント五月蝿かったし、
それでなくても小さい先生の声も聞き取りずらい。
困ったなぁ、と思っていたら・・・
どこかの教室から、その学生に向けて
「五月蝿い」って声が飛んだんです。
「良く言った」って、
多分、あちこちの教室で思っただろうなぁと思うんですが
それに対して、拡声器の学生は
一瞬止まったものの、すぐに何事も無かったように
「演説」を続けてしまいました。
「五月蝿い」の声の主は、
その後も抗議の声を飛ばしていましたが、
拡声器の学生は全く無視して、演説を続けていました。
声の主は、そのうち諦めたようです。

以上のやりとりを聞いていた先生は、
ぼそっと、次のような事を言いました。
「私たちの頃にも、ああいう学生はいたんですよね。
 でも、
 その頃の、そういう学生は、
 ちゃんと周りの学生の声を、聞いていましたね。
 その辺が、今の人との違いだと、思います。」

その後も、
その先生はいつも、黒板の前で何度も考え込む
「冴えない先生」であり続けました。
そういう「良い事」を言ってくれる事は、なかったんです。
でも、
何故か、その言葉だけは、今でも覚えています。


###
メディア論を考える上で基本だと
私が考えている事の1つは、
「マスメディアと言えど、
 基本は『人付き合い』の延長にすぎない」
って事なんです。
マスに向かって何かを発するって特別な事に思いがちですが
基本としては、
「1対1の人付き合い」だったり、
「ある程度の社会での付き合い」の延長上、
その規模が大きくなったに過ぎないって思うんです。

もちろん、
「規模が大きくなった事」による質的な変化は、
あるとは思います。
物理的に対応しきれない事も増えてきますし。
ですが、
「その先にちゃんと人間が見えているかどうか」というのは、
実は結構、重要な点ではないか、と思うのです。

先の先生の言葉が教えてくれるのは、
そういう事だと思っています。
政治学生は拡声器で
「マス」に向けて演説していたかもしれませんが、
その先に居る「人間」に目を向ける事ができていない、
って事を、指摘していたんだって。

マスコミの問題を考えた時にも、
その事を忘れているメディア人が結構居るって事が、
実は問題になってるって事、
多いと思うんですね。
去年、特に地震の現場などで問題になった
「報道する人の傍若無人な振る舞い」の問題とか、
あと「報道被害」の問題なども、
「その先にちゃんと『人間』が見えているか」ってのが、
おかしくなってるのが理由って感じるのです。

あと、
ブログでも似た問題があるかなって思います。
例えば、このブログでも再三苦情していた
「無差別トラックバック」の問題、
そんな事ができるのも、
「その先に『人間』が見えてない」からだと思う。

マスメディアって、「拡声器」みたいなものですよね?
その先に「人間」が見えているか、
ちゃんとその「人間」と向き合っているか、が、
メディアの問題を考える上でも基本となるって、
私は思うんです。


付記
以下の記事も、関連として参考になると思います。
CNET Japan連載を終えての感想(1)
(「英語で読むITトレンド」で有名だった
 梅田さんのブログより)

>そんなこともあわせて、
>ネットの向こう側の人たち一人一人、
>つまり読者一人一人に敬意を抱き、
>モノを書くときは謙虚にならなくちゃいけないなぁと
>より強く思うようになった。
>これがCNET Japan連載を続けて得た、
>僕にとっての最大の収穫だった。

こういう態度で発信して下さる方が増えれば
メディアの様々な問題は改善されていくと思うのですが。
posted by めたか at 00:36| Comment(7) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月26日

報道機関は報道の影響も考慮に入れよう

ミキティー(藤本美貴)がさんまの音楽ショーで
歌には出てきたのに
トークに呼ばれなかったのは、
・・・なんでしょうか(一部自粛)
めたかです。

ちょっと本題とは関係ない寄り道。
大昔、「黒い霧事件」で球界を追放されてしまった
池永氏の名誉回復への道がつきそう、だそうです。
詳しくは「孤空の彼方へ」の記事をご覧下さい。


で、本題です。
クリスマスも終わったので、硬派ネタで。

ドン・キ火災:男子トイレ内で、けが人なし 大阪・天王寺

このニュースを聞いた時
「恐れていた事が・・・」と思いました。

というのは、
これ、どう考えても「便乗犯」でしょう。
さすがに、連続放火犯が、
ここまで来て放火してるとは思わないので。
(いや、今までの埼玉の放火の分も、
 便乗犯は居るのかもしれないですけど・・・)
そういう「便乗犯」が、出かねない報道、
されてるなぁって感じていたので・・・

木村さんとかの庇い方ってのは、
私、違うと思うんですよ。
あと、そこに載ってるドンキ社長の「言い分」も。
(放火事件については、
 放火犯が悪いのは当たり前。
 ただ、今、問題とされてるのは、
 店として当然、果たすべき「安全管理」な訳で。
 それとコレとは「話は別」でしょう。)

でも、
それとは別の意味で、
今までの報道には、問題があるんじゃないかなぁって
思っていました。
それは、
簡単に書いちゃうと「便乗犯を誘発しかねない」
って事なんですが・・・
でも、そういう意味だけじゃ、なくても。

わざわざ、センセーショナルに仕立てる報道とか、
簡単に「悪者」を作って叩く報道に、
そういう問題があるんじゃないかなぁって、
思うんです。
なんというか、
本質を覆い隠してしまったり、
間違った方向に誘導しかねない、というか・・・

って、
分かりにくいので、似た例を挙げます。
1つは、
「いじめ自殺の報道から同様の自殺を連鎖する」
って例。
これ、報道の仕方が問題あるんじゃないかって
批判は、実は良くされていたんです。
(そういう批判は「報道」はされないんですけどね!)
例えば、こういうの。
・「いじめ自殺を防ぐために」の
 「いじめ報道と自殺連鎖」の項目

もう1つは、「荒れる成人式報道」の例。
これも、同じサイトに、そういう批判があります。
・「成人式 新成人大暴れ !? の 心理」の
 「マスコミ報道」の項目


報道に関わる方々は、
その報道が社会に与える影響ってのを、
少し考慮に入れて報道して頂きたいなって、
思うんです。
ドンキの事についても、
店舗の「安全対策」について、問題提起する事は、
大事だとは、思うんですよね。
ですけど、
それは、放火事件とは切り離して、
注意深く問題提起しないと、
「放火しても叩かれるのはドンキだ」
みたいな「間違ったメッセージ」を伝えてしまいかねない。
そんな事を、思います。
(でも、だからと言って
 「放火を前提とした売場作りは不可能」ってのは
 違うと思う。
 原因に関係なく、火事を前提とした対策は必要でしょう。)


###
ちょっと関係ない話になりますが、
今の報道って「単なる商売」になってしまってると思うんです。
それが、
こういう問題を引き起こしてないでしょうか?

ブランキージェットシティーというバンドの
「悪い人たち」という曲に
「残酷な事件はいつの日からか
 みんなの一番の退屈しのぎさ
 残虐性が高いほど週刊誌は飛ぶように売れる」
ってフレーズがあるんです。
報道って、こんな側面があるんじゃないか、
って事を、
ちょっと恐れて欲しいなって思うんです。


###
ドンキ問題を扱ったので、
関連する話題を2つ程。

無自覚に進行する報道機関の行政への癒着

素人ながらに思うのは、
「私が報道の人間だったら、
 追い出さずに、その社員を取材するけど」って。
本当に社の命令じゃないのか?
個人の意志なら、どういう動機でやってきたのか?
聞きたい事は、色々ありますよ。
「面白い取材対象がわざわざやってきてくれた」
って、鴨がネギ背負ってやってきたみたいに
思わないのかなって。
それで取材拒否したら、それはそれで「ネタ」になるでしょうし。
(だって、スパイみたいな事をする人間が居るって、
 かなりオモロいですよ。)
そんなふうに考えないなんて、
報道してる方々って、ジャーナリズム根性あるのか?
って思うんですが、素人意見でしょうか?


もう1つは
万来堂日記さんの「ドンキホーテで火事」に
素晴らしき世界さんが
■ドンキホーテ火災〜どうして今まで問題にされて来なかったのだろう?
という記事をTBしたんですが、
それに万来堂日記さんが「批判的TB返し」をしたって話。
(ちょっと遅レスですが)

まあ、つまり
素晴らしき世界さんの記事の
>散水が妨げられるとか、
>誘導灯が隠れているなどということは、
>ちょっと商品や掲示物の配置を変えれば、
>すぐに改善できる問題である。
>点検だと言ってわざわざ休業までしているのに、
>こんな簡単なことができていない。

の部分が、万来堂日記さんの記事を
読んでないのかなって、思う所な訳で。
万来堂日記さんは
「それは現場にとっては簡単な問題ではない」
って話をしていたんですよね・・・
(要するに、コレも
 「TB送るなら、その先の記事をちゃんと読もう」
 って話だなぁって・・・)

ただ、
それ以外の部分については、
素晴らしき世界さんの記事は、全くその通りだなって
思う事を書いてると思います。
(要するに、趣旨としては、
 事が起こる前から、ちゃんと考えてるべきじゃないか
 って話ですよね・・・)

難しい話だなぁって思う事は、
外野から見て「こうすれば良いじゃないか」
って話が、
現場にとっては、そんな簡単な問題じゃないって事、
意外とありそうだなって事で。
(教育問題には特に、そういう話、多そうだ。)
だから、
現場をもっと尊重しよう/大切にしようってのが、
とりあえずの「今日の結論」なんですが、
そうだとすると、
上の記者会見での話って、
「現場を知らない外野の話」なのかなぁ(笑)


訳が分からなくなってきたので、
この辺で締めます。おやすみなさい。
posted by めたか at 02:50| Comment(4) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月08日

参加型ジャーナリズムって言うか・・・

「金正男」って
どうしても「キム・まさお」って読んじゃいますよねー!
めたかです。


とりあえず、
団藤氏の「対応」についての「感想」は、
機会を改めて書きます。
(一言で言うと「あちゃー」ですが)
それよりは、
この話題についての「自分自身の考え」というのを
ちゃんと書いておこうって思いまして・・・

で、
丁寧なレスを返して下さった
R30::マーケティング社会時評さんの文章を下敷きにして、
自分の考えを書いていこうかなって。
(団藤氏の部分は置いておいて、私に対しての部分で。)

>切込氏や湯川氏、そして僕が可能性について議論している
>「ジャーナリズム」が想定する対象は、
>企業、政治といった
>「当事者たちがそもそも外野から
> あーだこーだ論評されたくないと思っている、
> 論評されること自体が彼らの食い扶持にとって
> 時に死活問題になる」といった領域なんだと思う。
>その意味で、人口に膾炙してナンボ、チョーさんでも
>ナベツネでも何でも良いから話題振りまいてナンボ、
>のスポーツとはちょっとワケが違うよ、と言いたかったのだ。

なるほど、すごーく良く分かります。

でも、
落ち着いて考えてみると、「そうかな?」って思うんですよ。
と言いますのは。
「企業、政治」とかの活動についても、
多くの人に知ってもらいたい事、話題にしてもらいたい事って、
いっぱいあると思うんですよ。
政治なら、知名度を上げるために
話題を振りまきたい政治家も居そうですし、
(政治家にとって知名度って大きいし、ね。)
野党側、また逆に与党側でも、
「争点にしたい事」とかってあると思いますしね。
もちろん、
「話題にしてもらいたくない」って内容も、
いっぱいあるでしょうけど・・・
企業活動にしたって、
広く知られたいこと、アピールしたいもの、
あるでしょう。
だからこそ、宣伝費にお金をかけている訳で・・・

スポーツの方にだって、
「知られたくない事」とか「触れられたくない事」とか、
あると思いますよ。
裏金の事なんて、その最たるモノでしょう。
そう考えると、
別に、スポーツを特別扱いする理由は、
やっぱり薄れてきてしまうんですよ。
なんで、
> 論評されること自体が彼らの食い扶持にとって
> 時に死活問題になる」といった領域
って、言うとスゴそうに思えますけど、
そういうのって、「領域」じゃぁないって思うんです。
その「領域」においても、
「知らせたいモノ」ってのは存在するだろうし、
なんで、「領域」じゃなく、
あくまで「内容の問題」じゃないかって思う訳で。

あと、
「ネットジャーナリズムの産業化」って事を議論していた事は、
ちゃんと認識していますし、
それはそれで、ちゃんと意味は認めているんです。
ただ「それだけじゃぁ、ないでしょ」って事を、言いたいだけで。
全てが「それだけで食って行ける」まで
いかなくても良いと思うんですよ。
だから
「産業にはなっていなくても、
 機能としては近い所まで行っているモノ」について、
考察する意味合いはあるんじゃないかって話でして。

それで、
報酬ってお金以外にもあるんじゃないか
って書いた訳で。
というか、
そうじゃなかったら、ネットのここまでの隆盛は
なかったでしょう。
色んな人が「ボランティアで」面白い情報を流していたからこそ、
ネットがこれだけ栄えてきた訳で。
例えば、
今でこそ、公式の情報がネットで流されるようになりましたけど、
少し前までは、
ちょっとマイナーなバンドやタレントさんの情報とかって
良く分からなかった訳ですよ。
でも、
熱心なファンが調べてネットで流していたってサイトが
いっぱいあった訳ですよ。
そういう人たちが、別に何かの「経済的な報酬」を受けていた訳じゃなくて、
「好きなバンドに役に立つ」って事が
その人たちにとっての「報酬」だった訳でしょう。

そんなの、ジャーナリズムでもなんでもないって?
そうかもしれません。
でも、
「求められている情報」があって、
それを提供する人が居るのなら、
そこに「メディア」は成立するかなって思うんです。


で、
あざらしサラダさんからもこの件でTB頂いていまして。
うん、そうですね・・・

えっと、
私が「ネットジャーナリズム」って事でイメージするのは。
例えばCCCDについて、
音楽系のメディアは殆ど報道しなかったし、
メディアはあまり積極的に報道していなかった
(していたとしてもレーベルの主張を鵜呑みにしていた)
ってのがあって、
あまり知られていなかった、んですよねー。
なんで、
この件はネットを中心に広まったって部分がありまして・・・
(私もネットで知った)

で、
この件については、別に一次情報が出てなかった訳じゃなくて、
だから、
私が記事を書こうって時には、
ネットで調べると情報は簡単に手に入ったんですよね。
まぁ、その時点では既に、
情報をまとめてくれているサイトがあったりしたんですが。
でも、
そういう「情報」を広く知らせる事において、
従来のメディアは機能していなかった。
それを、ネットが多少なりとも補完したって部分は
あったと思う訳で。


その当たりの事、既に議論していた人は、
居たと思うんですけども。
「一次情報を出す取材ジャーナリズム」

「論評するジャーナリズム」
ってのを区別して論じる、みたいな。
(言葉は違ったかも。あまりちゃんと覚えてないです・・・)


で、
ここで「隊長が木村剛氏に絡んでる件」に触れようと思ったんですが、
今しがた上がってきた隊長の記事が
「おいおい、大丈夫かいな」って内容だったんで、
スルーさせて頂く事にします。
(別に、こういう事を、一般人に、
 「やりましょう」とか言ってる訳じゃぁなくて、ですねぇ・・・
 まぁ、信じた道をお行き下さい。)


話を戻しますと、
そういう「論評」って事とか、広めるって事とかなら、
別に「リスク」とか考えなくても良いんじゃないかって。
CCCDの事を「ふざけるな」とか言うのって、
別に「リスクある事」かなぁ。
内容証明郵便が届けられるのかなって。
そうじゃぁ、ないでしょって話で・・・


えっと、
「一次情報を出す」とか
「隠されていた意味を暴く」みたいな事については、
考察したい事も、ない訳じゃないんですけども。
でも、とりあえず
「ネットでのジャーナリズムって
 そんな大層なものでもないんでは?」
って話を思っていた事の
重要な部分については、こんなトコかなぁって。
(なんか、かたり忘れてる気もしないでもないですが・・・)
posted by めたか at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月07日

昔の「サンケイスポーツの盗作疑惑?」

「ウヨ・サヨのレッテル」もヤだけど、
「モテない・女心が分からない」ってレッテルは
もっとヤだなぁ・・・
めたかです。
いや、でも、そうでしょ?

人って、色んな所で、色んな
「ラベルング/レッテル貼り」を
往々にしてしているもんですけど、
そーゆーのの「暴力性」ってのに、
自覚的にありたいですねー。
って所で。

んで、
風邪はだいぶ、良くなってきたんですが、
(週末、かなりゆっくりしました。)
色々と不義理かましてた所とかあったりして、
あまりブログに集中できない状況です。
あ、でも、
別館は更新していますけど・・・
で、
このエントリも、ブログ巡回もしないで書いてる状況。
団藤氏ブログの件とかも、
考えてる事はあるんですが、
ちょっと付いて行ってない事もありますし・・・
(TBもまだ、読めてないし。ゴメンナサイ)

だけど、
ココの移転って事もありますけど、
ちょっと、ブログよりHPの方の「やりかけの事」を
先に片付けた方が良いかもって事も、
ちょっと思った、です。
なんかねー、
「論理」って事について、
ちゃんと解説しておいた方がいいぞって。
いやさぁ、
切込氏の書いてる事も「論理的にオカシイ」点、
結構あるんですけども、
それ指摘してる人がほっとんど居ないってのがねー。
(私が1つ指摘してるけど・・・)
でも、「論理学」とか持ち出したの、隊長なのにね、
その「論理学」って、
私の知らない「論理学」なんだろうか、
だけど「形式論理学」を踏まえない「学術的な論理学」
が、あるんだろうか・・・
(私だったら「論理学」なんて持ち出す時点で、
 「自分の書いてる事が論理学的におかしくないか」
 気になって仕方ないし、
 何度もチェックするだろうなぁって。)
って点でも、
「ちゃんと論理について解説しておいた方がいいだろ」
ってのがね、
それをやっておかないと、指摘するのもしんどいし、
っていう・・・

だから、
ホームページでやろうとしてるのって、
そういう「環境整備」なんですけどね。
それまだ、中途だったなぁって。
(それでも、「たとえ話」とか「メタ」とかの解説は
 ブログでもちょこちょこやっていたけど。)

ま、その辺のぼやき節はともかく、
今日はちょこっとだけ、取り上げてみたい話題を。
古い話みたいですが、今日、
サポティスタのタレ込みで拾ったものです。

サンケイスポーツ盗作事件

私のブログって、
メディア関係者も観てると思うんですが、
これって、そういう方々から見て、
どうなんでしょうね。

1)こんなの「告発」してる側の被害妄想にすぎない。
  これくらい似る事は普通にやっててもある。
2)これはパクってるねー。
  でも、これくらいのパクリは悪くないでしょう。
3)サンケイスポーツはけしからん!

どうなんでしょう、新聞記者の皆さんの感想は。
もしくは、
メディア問題に関心ある方々のご意見は・・・

ん? 私?
これは、サンスポ、「実際に取材」はしてないでしょうねー。
って事は、盗作の疑いは限りなく濃いって思いますけど・・・
posted by めたか at 00:30| Comment(4) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月18日

この議論について忘れないうちに・・・

ネットは新聞を殺すのかblogの湯川さんと、
切込隊長との議論については
チェックはしていて、何らかの反応をしようとは思っていましたけど、
ある程度まとまってからって考えていたら、
なんか、タイミングを逸してしまいそうだって思ったので、
あんましまとまんないけど、思うことを2、3・・・


利得にも色々あるんじゃないかな?



ジャーナリズムとか記事ってものが、
ちょっと大層なものに成りすぎてない?
みたいな問題意識については、別の方々も指摘してるみたいなので、
別の方面から。
別に「利得」って、
経済的なものに限らないんじゃないかなって。

例えば、
プロ野球ファンにとっては
「面白い野球が、より長く、色々な所で楽しめる」ってのも
「利得」って言える訳で。
音楽ファンにとって、
「世界中の音楽を手に入れる事ができる」
ってのも、ね。

レコード輸入権について、
様々なブログとかで、情報提供されたり議論されたりしたのって、
そういう「利得」を守ろうってのも、
あったと思うんですけど。

この「問題意識」については、
もっと色々と突っ込んで話したいんですが、
とりあえず、議題として出しておきましょう。
次いきます。
(んーと、ほぼ日関連の文書とか、
 チェックして頂ければって思います・・・)


広い意味での「ポジショントーク」



隊長の議論を読んでいて思うのは、
「ポジショントークってのに対してナイーブ過ぎないかな?」
って事なんです。

例えば、
全て、とは言いませんが、多くの言論は
「広い意味でのポジショントークだ」って見方も、
存在するって思うんですよ。

ポジショントークって、
広い意味でとれば
「自分のポジション(立場)を良くするための言論」
って意味になると思うんですが、
それって、色々なものが、そうだって考えることもできませんか?

例として
マリーンズファンが檻オーナー宮内氏の言論を批判するってのも、
「ポジショントーク」って言えますよね。
あと、
湯川さん始め、マスコミ業界の人がメディアについて論じるのも、
広い意味においては、ポジショントークって言えるでしょう。

というのは・・・
湯川さんたちは、
単に「新聞を擁護」しようって訳ではなくて、
新聞に対する批判をしっかりと受け止めて
新聞をより良いものに改革したいって事で、
色々な「議論」をされている訳、ですよね?
だけど、
それって、
そうすることで「新聞を守る」というか、
新聞ってモノが、社会にとって意味のあるものにしたい、
自分の仕事が社会に役立つものであって欲しい
という事を求めている・・・
そういう「ポジショントーク」って考える事も、できるでしょう。

そして、
こういう「広い意味でのポジショントーク」と
今、狭い意味で悪い意味で捉えられてる「ポジショントーク」の間に
線引きをするって、難しいと思うんです。
「微妙」ってものが、いっぱいありそうです、
先の「マリーンズファンの言論」なんて、微妙って言えるでしょうし。

だから、
「ポジショントーク」って事を、変に毛嫌いする必要って、
ないかなぁって思うんです。
じゃなくて、
「この言論は、どういう『ポジショントーク』となるのかな」
ってのが、ちゃんと分かる事が、大事なんじゃないかって。
(で、
 それが「メディアリテラシーの意味」なんかなって・・・)


湯川さんたちの「ポジショントーク」って、
私にとっては「良いポジショントーク」だって思っていて。
だって、
そうやって、新聞を良くする事で、自分の仕事を意味あるものにしたい
(そして、社会的な影響力のあるものにしたい)
それで「自分たちの立場を良くしたい」
というのは、私にとっても悪い事ではないですから。
それに、
私が「生命倫理について議論したい」って言ってるのも、
同じような動機ですから・・・

(まぁ、その辺は隊長もわかってはるとは思いますけど。
 だから最初に「自らのポジション」を明示されたんでしょうし。)


こんなところですかね。
あと、議論について、ですが、
>議論は、そこから自分が学ぶため、
>また相手の学びを手助けするためにするものである。
ってのは分かるんですが。
それだけだと、ちょっと可能性を損ねてるように思うんです。
なんで、
私は「弁証法的止揚を目指すもの
って考えてるんですが・・・


で、
家に帰ってきて確認したら、
隊長のトコにはTBが入ってない・・・
サイド送信してみるものの、受け付けてくれないみたい。
でも、
ここであんまし頑張り過ぎて、また前みたいに複数入っちゃうとマズいんで、
今回はお見送り
(一応、送ろうとはしたけど受け付けてくれなかったって事のみ付記)
あと、
議論については、隊長のその後のエントリに
対応するものがあった事も付記します。
posted by めたか at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月03日

志を持って開かれた世界へ

えっらい大層なタイトルが付いていますが、
まぁ、休日に書く事ですので。

例の木村剛さんの逆ギレについて、
前に書いた事の補足というか、
繰り返しに近くなりますけど・・・

前々から、ブログ以前にもHPとか掲示板とか
ネット上の色々な所で文章を書くようになった時に
心がけていた事、
それは、
仮にこの文章が、朝日とか読売とか、
大新聞なんかに掲載されたとしても良いような、
そういう事を書こうって。
始めから、そういう意識で書いていこうって思っていました。

どうせ、少ない人数しか読んでないから、
とか、
○○な人しか見てないし、
とか、
自分の好き勝手な事を書けば良い
みたいに、考えた事はない。

そうではなく、
全ての日本語が分かる人に読まれる可能性があると、
考えて書いてきました。
それは、現実に少数の人しか読む事のないものだったとしても。
少なくとも、不特定多数の目に触れる
可能性のある文章については、
その心づもりで書こうって。

だから、
木村さんが「ブログなんだからいい加減でも良い」
って取れるような事を述べてるのは、
ブログに文句つける前にマスコミの方を矯正してほしい
 ブログはマスコミに報いる庶民の一矢だ!
残念だし、私としては良く分からないなぁって思う。
逆に、ブログだからこそ、
メディア以上に、ちゃんとした事を書いて行こう、
既成のメディアを越えて行こうって、
そういう志、心意気を、どうして持てないのかなぁって。

私は、
こんなちっぽけなブログですけど、
そういう志、心意気は持っていますよ。
で、
それは別に、特別な事ではない。
日本中の人たちに、読んでもらって良いもの、
読んでもらって、意味あるってなるものを、書いていくって。
もちろん、
能力的に、そうはならない事も多々ですが、
少なくとも志、心意気って点では、そう思っていますよ。

そういう志、心意気を
たくさんの人が持っていてくれたらなぁって、思う。
別に、そんな大層に言わなくても、
静かに抱えている人たちは、居そうですけどね。
(で、私も、あまり声高に言おうとは思ってはいませんけど・・・)
そして、
そんな心意気の人たちが繋がり合う事が、
意味あるんだって思っていますし。
ブログが世の中を変えるとすれば、
そういうものでしょうって。

木村さんは、
「ブログ軍団の橋頭堡にしたいという
 仄かな野望を持っている」
って書いておられるじゃ、ないですか。
だったらなおさら、
ブログを(木村さんが軽蔑されてる)メディアの悪い点と
同じように貶めてしまうのかなぁって。
それが、悲しくてたまらない、です。
(って、ちょっと大げさですが。
 私はゴーログにはクールに構えていますし・・・)

まあでも、
ゴーログに集ってる読者の方々には、
そんな志を感じる人がいっぱいいるんで、
そういう人に、密かにメッセージは送りたいですね。

常に、開かれた世界へってのを意識して、
文章を書いていきましょうよって。
posted by めたか at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月15日

「ブロガー新聞編集タスクフォース」!!!

木村剛さんの「ブロガー新聞」の
ブロガー新聞は「一日編集長」を公募します!
に対して、
my.Hurusato.orgさん
「ブロガー新聞編集タスクフォース」を立ち上げませんか?」という
もの凄い提案をしています。
おっもしれー!!!
なんで、積極的に関わらせて頂きますよ!

といっても、
実はもう既に議論は始まっていて、
出遅れちゃってるんですよねー。
明日はパーティー、明後日は仕事で(恐らくその後飲み)
って感じで、
しばらく議論に参加できそうにない、申し訳ない。

残念ですが、
しばらくは様子見とさせて頂きます、けど、
やる気はありますので、「表明」だけはしておきます。

あ、これ、
ゴーログには内緒、なんですか?
「裏で繋がる」って事ですから・・・
って、こんな公然の「内緒」もないか。
(一応、ゴーログにはTBしません。
 って思ったんですけど、
 肝心のmy.Hurusato.orgさんがTBされてますやん!
 って事で、遠慮なくTB打ちます。)


あと、
私のできる事の一つとして、
「携帯電話をテーマとした、TBできる記事を考えておく」
って事かも。
あざらしサラダさんが取り上げたくなるような、
面白い視点の記事を考えておかないと。
これは、
ここを見ている人にもできる事、ですよね?
(マナーってのは、つまんないかなぁ。
 書けなくはないけど・・・)

え、それと、
私自身は編集長に立候補するつもりはありません。
私って、
「編集」より「ライター」指向でしょう。
それは、このブログ見ている人なら納得して頂けるかと。
posted by めたか at 00:35| Comment(2) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月13日

『国境なき医師団』が伝えるニュース

だめだ! 見つかんない!

いや、ですね、
今日は早く帰って来て、いっぱい更新しようと思っていまして。
それで、
紹介しようと思っていた記事が、見つからない。
URL保存していなかったんですよー。

内容は
「ネットでは、自分に近い考えの意見ばかりを
 フィルタリングしてしまう傾向がある。
 だから、ブログ新聞となってニュースがネット内だけになると、
 自分と「異なる価値観の意見」に出会いにくくなる」
(新聞だと、強制的に出会わさせられる)
って感じだったと思うんです。
そうそう、近い事考えていたんですよねー、
なんで、
この事を紹介して、
「どうやったらそういう危険性を逃れられるか」
を考察(するきっかけに)できたらいいなぁって
思っていたんですけど・・・

どなたか、ご存じないです?


で、
別の事を記事にしましょう。

ほぼ日で『国境なき医師団』を取材していたんです。
海に石を投げこむかのように
この記事自体も興味深い点が多々あるんですが、
ここで取り上げるのは、次のポイントです。

それは、
このインタビューをした相手さんは
『国境なき医師団』の広報さんだった訳で、
>『国境なき医師団』の現地からあがってくる
>ニュースを仕分けして、メディアに送ったり、
>インターネットに載せたりするのが仕事
なんですね。
で、
そのニュースがなかなか、メディアには乗らない
ってのが、まあ悩みみたいで・・・

今の新聞とかブログ新聞とかの議論の
根っこにあるのは
「既成の新聞のハブ機能への疑念」
だと私は思っていますので、
なんか、これ、リンクするものを感じたんです。

って事で、
もう結論は読めたでしょ?
『国境なき医師団』、ブログやらないかなって。
もちろん、既成のメディアにも
「ニュースを売れば良い」ですよ、で、
同時にブログでもニュースを発信する・・・

そうすれば、
今のブログネットワークに、そういうニュースが流れる、
ニュースの「別チャンネル」にも、なる訳です。

あと、
「報道機関ライブドア」も、良いかもしれないですね。
そこの「読者記者」の一人として登録しておく。
そうして、
「現地からのニュース」を、そこからどんどん流せば、
これ、『国境なき医師団』、ライブドア、双方に良い話でしょう。


サッカーが始まってしまったので、
この辺で。
(もう一つ、書きかけていますけど、
 それはハーフタイムにでも。)
posted by めたか at 22:33| Comment(4) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月07日

「記者室廃止」に賛同します

キーナート氏の楽天GM就任が
評判悪くてびっくりしているめたかです。
うーん・・・
確かに、川相の件とか、不愉快でしたねー。
(忘れていました。)
でもまあ、
今回の球界騒動に対しては、
そんなにピントの外れた事は言ってなかったって思いますし、
別に「メジャー最高」ってだけの人でもないって思うんですけど。
(それに、個人的には、
 球団経営やリーグ運営については、
 まだまだアメリカに全然追いついてないって思いますし。)


って、野球の話はこれくらいにして、
(別に言いたい事は記事にします。)
最近、取り上げてるジャーナリズムの問題について。

色々と書きたい事はありますが、
まず、先にこちらを書いておきましょう。
ジャーナリスト考現学さんの
記者室廃止を市民で要望しようは、
基本的に賛同します。
ただし、
「プレスセンターへのアクセス権」について、
ちょっと注文があります。

まず、簡単なまとめを。
>既存の記者室はすべて廃止する。
>ただし、
>記者会見場と、それに隣接したプレスセンターを設ける。

記者クラブの役割としては
>記者クラブは、記者会見の開催を要求できる。
>当局は、これに誠実に応じる義務がある。

この2点がポイントでしょう。
詳しくはジャーナリスト考現学さんの記事を。

で、
私が注文したいのは、アクセス権の事。
>記者会見への参加やプレスセンターの利用は、
>記者クラブ加盟社に優先権を与える。
>ただし、物理的な余裕がある場合は、
>希望するメディアの参加も認める。
と書いておられるんですが、
この「優先権」を、ちょっと制限したいんです。

つまり、
記者クラブ加盟社が、ある程度の「枠」を占める事は、
反対しないんですよ。
でも、
それ以外のメディアにも、「枠」を与えて頂きたい。
「物理的な余裕がある場合」のみではなく・・・

記者クラブのメディアの方々については、
「必要最小限の人数」については、
無条件に認めても良いんですが、
それ以上、何人も送り込んでおいて
「物理的な余裕がないから他は遠慮を」
ってのは、やめて欲しいんですね。
その辺は、譲り合って頂きたい。

要するに
プレスセンターの利用の為の登録や、
記者会見への参加について、
「記者クラブへの加盟手続き」
という方法と
「役所への登録・参加申し込み」
という方法の、2通りを認めて欲しいんです。

すると、
「記者クラブの皆さん」が主張されるように
権力側が審査する事で
都合の悪い人を排除する危険性は、
「記者クラブへの加盟」という方法がある事で、
妨げる事ができますよね。
また、
「記者クラブによって排他されている」
という場合も、
「役所に直接申し込む」という方法もある。

こういう「修正」なら、
「記者クラブの必要性」を訴える方も、
反対はされないと思うんです。
一方
「記者クラブの弊害」を主張する側も、
これだったら反対する理由はない。


ジャーナリスト考現学さんの
「記者クラブの必要性」を主張する論理には、
納得できない点もあるんですよ。
(それについては、余裕ができればまた・・・)
でも、
この提案に関しては
私も賛成ですので、
「小異を捨てて大同につく」という精神で、
この改革は、広く呼びかけようと思います。
(自分としては、作戦と文章を練って、
 タイミングを計って政治家達に質問状を送る
 った形を取ろうかなって考えていますけど、
 良いアイデアがあれば、コメントorTBお願いします。)
posted by めたか at 21:56| Comment(0) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月04日

新聞の紙面は誰のものか?

メディアリテラシー関係の話って、
色々と議論すべき事が、ありますねー。
なんか私、話題についていけていないです。
まあでも、
私なりのペースで、ボチボチやっていきます。
とんでもない遅レスもあるかもしれませんが、
気長におつきあい下さい。


読売新聞による文春広告黒塗り事件について、
あざらしサラダさんの
読売新聞の広告問題について考える
「紙面と広告は別なのでは?」という視点について
考察しています。
元々はdawnさんの読売新聞の広告問題から
出された視点だそうで、
「紙面を作る編集局」と、
「広告を集める営業局」とが独立していないと、
色々とマズい事がある
(例として
 「広告を出してる企業が編集に圧力をかける」
 「記事をネタに広告営業をする」
 という場合があげられています。
 ・・・こう書いて気になったんですが、
 どっちも「営業が編集を利用」ってケースですよね。
 今回の読売のケースは
 「編集が営業を利用」ってケースじゃないですか?)
という問題意識が根っこだって事ですね。

それに対してあざらしサラダさんでは

>今回問題視しているのは、
>オリジナルの広告を読売新聞にとって
>都合のいい表現に「改竄」したこと

と、まとめています。
それをうけて
「(広告を)載せなければよかった」のか
って事も、考察されていますね。

でも、
「広告を受けなければ問題はなかった」のなら、
「改竄」したことも、
「文春が納得していれば良いのではないか?」
って考える事も、できるかもしれません。
要するに、
「当事者同士の問題だ」って事で。

でも、
なんか納得できないよなぁって事も思うんです。
その「納得できない気持ち」を
ちょっと掘り下げてみます。


簡単に言うと
「記事」と「広告」を区別しようって意見には反対はしない。
でも、
「異なる倫理基準」があったにせよ、
広告の掲載基準についても、報道機関としての、
それなりの公平さや透明性、
論理性や一貫性は要求されるのではないか。
という事なんですよね。
だって、
どちらも「同じ新聞紙面」なんですから。

例えば、
広告に掲載されている情報が、
「事実と反する事」だったから、
「改竄」する、または掲載を拒否する、というのなら、
他の「事実と反する広告」についても
公平に掲載しないように、するのか? って事なんですよね。

さすがに、そんな事はやってられない、と思うんです。

そういう意味で、
「広告」は「記事」とは異なる「倫理基準」を持っている、
と言えそうです。
つまり、
「記事」では、その情報の「正しさ」について
新聞社が保証するってなるんですけど
(だからこそ、「事実と反する事」は載せないってのは
 むしろ当然って場合も、あるでしょう)
「広告」では、そういう事は要求されていないって思うんです。
(もちろん、「倫理基準」のよって、
 ちゃんと「審査」して掲載拒否や
 「改竄」が必要な場合もあるでしょう。
 例えば、「個人のプライバシーを侵害する場合」とか・・・)

今回の、大きな問題点と言えるのは、
単なる「改竄」とか「掲載拒否」とかの問題ではなくて、
読売が「事実と反する」としている情報が、
読売自身の利害に大きく関係しているって事でしょう。
そういう「自分の都合」で「改竄」とか「掲載拒否」をするのは、
公平さに欠くのではないか?

多くの人が、今回の件で読売を批判しているのは、
そういう意味なのではないでしょうか?

だから、
「記事」と「広告」を区別するべきって事は、納得します。
でも、
その事をもって、
「今回の読売批判は違ってるのではないか」という主張は、
私は成り立たないって、思うんです。

新聞って、一応、
「公共性の高いもの」と見なされてるって思うんですね。
だからこそ、
「記事に高い倫理基準が要求されている」って思いますし。
でも、
それなら、「同じ新聞紙面」である広告についても、
その掲載基準については、
意味合いは違うにしても、
それなりにちゃんとした「倫理基準」は求められるのではないでしょうか?
(だから、
 私もdawnさんの追記には賛成します。)


少し書き足しますと、
「広告に収入に依存している構造」が問題って事も、
あるとは思いますけど
(そういう問題意識で作られたメディアが
 「週刊金曜日」だったりするんですが・・・苦笑)
もっと問題なのは、
「公平で明確な基準を透明に運用していない」
って事なんじゃないかってのが、
この記事の趣旨になります。
posted by めたか at 23:50| Comment(4) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月25日

「記者クラブマスコミ」の実態は発表ジャーナリズム

前に書いた
ネットは「記者クラブ新聞」を殺すだろう
を、ガ島通信で取り上げて頂きました。
現役の記者の方に、こうして危機感を持って捉えて頂くのは、
スゴく良い事だなーって思いますので、嬉しかったです。
やっぱりね、
新聞とかジャーナリズムってもの自体を
「必要はない」って思ってる訳じゃぁなくて、
今の記者クラブ制度に守られた新聞の現状が
ダメだって思っていますので、
現役の記者の皆さんには、
こういう「挑発」に応えて良い仕事をして頂ければ
って思います。

ですが、
前の記事でも取り上げた
ネットは新聞を殺すのかblog
に最近出た記事を見ると、
「あー、まだまだ、警笛を鳴らし続けないといけないな」
って思ってしまいました。
再び、トラックバックで挑発的な事を書こうと思います。

新聞がなくなっても本当にいいの?

何をかまととぶってるのでしょう?
って思ってしまいました。
そこで紹介されている、「ジャーナリズム考現学」の
新聞記者がいなくなると・・・
から引用させて頂きます。

>新聞記者たちがいなくなると、
>どのような世の中になるだろうか?
>行政、政治家、企業は、
>自分たちに都合のいいことしか発表しなくなるだろう。
>野党や投資家たちがきちんとしていれば、
>多少の情報は表に出てくるかもしれないが、
>野党や投資家も自らの利害を計算しながら動くので、
>すべてが表に出てくるわけではない。
>優秀なフリージャーナリストやブロガーが
>切り込むこともあるだろうが、
>組織的ではないため安定性に欠ける。

あのぉ、今、既にそうなっていませんか?
既に、
「行政、政治家、企業は、
 自分たちに都合のいいことしか発表しなく」なってるし、
新聞だって、
「自らの利害を計算しながら動」いて
報道しているじゃ、ないですか?
プロ野球スト問題についての読売新聞社説は、
そういう状態を分かりやすく示したってだけでしょう。

だって、
実際の新聞の紙面は、かなりの部分が
「発表記事」で埋められているって話じゃないですか。
自分たちでちゃんと独自で取材して書いた記事が、
どれくらい、あるんですか?

こう書いていても仕方がないので、
数字を出しましょう。
にも紹介した
新聞が面白くない理由」からです。
1996年の2月27日〜3月2日と、
かなり古い数字なのがアレですけど。
(最近の数字があれば、教えて下さい。
 もう新聞読んでないので、最近の傾向、分からないんです。)

朝日、毎日、読売3大紙において
「純粋な発表記事」の占める割合はなんと
50.29%
だそうです。
それに、周辺取材や会見、番記者の記事
(これって要するに「リーク情報」ってヤツですよね)
を加えた「発表記事+α」も足してみると
66.86%

ついでなので、他の数字も合わせて紹介しておきましょう。
独自取材によると思われる記事は、14.28%
観測記事が、5.83%
解説記事は、1.87%
その他、コラムなどが、11.16%
だそうです。
独自取材、少ないですよねー。

この発表記事とか、記者会見、リークってのは、
記者クラブマスコミのみに、
独占的に与えられてる情報なんですよねー。
(今は、そうでもなくなってきたんですが。
 それについては後述)
そういう「行政や企業」から独占的に与えられた情報を、
ただ流すだけの記事で
かなりの部分を占めているのが、新聞って事でしょ?

そういう「現実」を踏まえた上で、
それでもなお、こんな事を、言ってるんでしょうか?

ネットは新聞を殺すのかblog
の周辺で議論しておられるメディアの方々にお願いしたい。
キレイ事はもう良い、
こういった記者クラブメディアの現状を
ちゃんと踏まえて議論して頂きたい。
まず、その事を、言っておこうと思います。

いやでも、
たとえ16%でも、独自で取材して、
「権力の嘘」を告発する記事を作ってるんだ
って仰るかもしれません。
もちろん、そういう「良心的な記事」が全くないとは言いません。
でも、
記者クラブ制度で、あと広告収入で、
役所や企業から多くの利益供与を受けている現状で、
そういう組織の暗部に
どれだけ切り込んだ記事が書けるのでしょうか?
それに、
そういう「告発」も少しだったら、
雑誌ジャーナリズムだって、やってる訳です。
いや、今はそういうスクープなら、
週刊誌の方が多いんじゃ、ないですか?
(これは数字の裏付けはないです、スミマセン。)

私は、ジャーナリズムの役割が
必要ないと言ってる訳じゃ、ない。
そうじゃなくて、
今の記者クラブマスコミが、
その機能を果たしているのか?
って事を、言いたい訳です。

あとね、
>もし本当に新聞がなくなったら、
>その「おこぼれ」はなくなり、
>ネットにニュースは流れてこなくなる。
って話ですが、
本気で言っているのですか? って聞きたい。
だって、
ほとんどが発表記事の現状なら、
その発表・プレスリリースをネットに流す仕組みがあれば、
代替する事は、可能なんですよねー。
例えば、
プレスネットワークというものもある
って事は、指摘しておきましょう。
こういうものが、もっと進化して、
多くのお役所や企業がこういう所からも
プレスリリースするのが当然になったなら、
あとはこれを、どうやってフィルタリングするかって
仕組みがあれば、
「ネットニュース」を作る事は、可能じゃないでしょうか。
それに、
今では多くの組織でプレスリリースをHPに載せていたりする訳で、
そういうものを効果的に集める方法ってのも、
考えられるかもしれません。
(というか、HPに載せるプレスリリースが、
 RSS配信されれば、それも可能でしょう!
 時代の流れから言って、そうなるのは時間の問題って思います。)

でも、
ネットは新聞を殺すのかblog
を読んでいて議論しているメディアの方々って、
新聞の現状に危機感を持ってる、
良心的な方々だと思うんですよねー。
そうじゃない記者の方々が多いんだろうなって思うと、
暗澹たる思いになります。

既存のメディアの「中からの改革」ってのは、
ちょっと期待できそうにないなぁって、
私は思っています。
(だから「とっくに見限ってる」って書きました。)
外部からの強力な圧力がないと、
変わる事は、ないんではないでしょうか。
ガ島通信さんが仰るとおり・・・

ネットは新聞を殺すのかblogで議論されてる
「参加型ジャーナリズム」も
その1つたるでしょう。
私が期待しているのは、「外資の参入」です。

進歩的文化人みたいな人たちが良く
「日本のニュースはつまらないから、
 CNNとかを見ている」
なんて事を言ってるのを見かけます。
つまり、テレビのニュースのレベルでは、
外国のニュースを見るってのが、
すでにあるわけですよね。

新聞でも、
ネットで海外の新聞を読んでいるって人は、
すでに結構いるでしょう。
でも、
そういうメディアでは、
日本のニュースはそんなに流れない訳で。
でも、
もっと日本のニュースとかも
本格的に集めるようになったら・・・

言葉の壁ってのがあるから、
確かに難しいのかもしれません。
でも、
ちゃんとしたジャーナリズムとしてのノウハウを持った
海外のメディアが、
日本の読者の、日本の新聞に対する不満ってのを知って、
潜在的なニーズに気がついて、
本格的に日本に参入してきたなら、
どうなるだろう? って思う訳です。

さすがに、採算性って点でいえば、
難しいのかなぁ。
でも、
経済ニュースって事で言うなら、
ブルームバーグって存在もある訳で。
なんで、
そういう「専門性のあるメディア」って所から、
少しずつ参入が始まってるかもって思います。

あとは、
報道機関ライブドアにも注目しています。
場合によっては参加しても良いかなって気持ちも、
少しはあります。
まあ、当分は様子見ですけど、
自分のブログで書いたいくつかの記事については、
メディアに載せて多くの人に
読んでもらっても良いんじゃないかって
思っていますし。
(一例としてこれを挙げておきます。
 それがぼくには楽しかったから


そういう動きが広まって、
その上で、
「記者クラブ制度の実情」についても知れ渡る事で、
お役所や企業での「記者クラブ制度」
の廃止の動きが、長野県以外でも広まって欲しいです。
そうやって、
新聞が多くの規制や既得権益に守られた状態から
解き放たれた時、
いったいどうなるでしょう?
再生するのか、それとも
新しく参入した勢力に放逐されるのか?
既成の新聞の方々には、
ホントに危機感を持ってほしいですね。
posted by めたか at 23:19| Comment(2) | TrackBack(5) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月21日

メディアリテラシーの基本中の基本の本

メディアリテラシーって事で言うと、
とりあえずこの本はおさえておいた方が良いでしょう。

新聞が面白くない理由

一言で言えば、記者クラブ制度の本です。
記者クラブ制度について、丹念に取材し実体にせまった本で、
この本を読めば、今の日本の新聞やテレビがどれだけ信用できないかってのがわかるでしょう。

メディアリテラシーって、
単に「新聞などを疑ってかかる」とか、「陰謀史観で物事を見る」とかではないんですね。
それがわかっていれば、
自作自演説の立場はメディアリテラシーの目線」なんて
面白発言しなくてすむようになるでしょう(笑)

同じ人の発言
(この人、ネット上では相当の有名人らしいんで、
 生け贄になって頂きます(笑))
「はっきりいっていま一般庶民は、お上よりマスコミの方が信用できないって思ってるよ。」
って発言も、
「お上とマスコミ」が記者クラブ制度で繋がってるって分かってれば、
あまりにピントはずれって分かるでしょう。

だから、
私は朝日の「反権力」なんてポーズに過ぎないって思っていますし。

とりあえず、
メディアリテラシーって言葉を振り回すのなら、
この本くらいは読んでおいてもらいたいです。
文庫本の方をリンクしておいたんだからさぁ・・・
posted by めたか at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月15日

目指せ!「プロ市民」

少し前の話なんですが・・・

ジーコ監督の解任を求める会
の発起人でもあるガッサさんのブログの記事

RSSリーダー活躍しつつ、イラク情勢など


>あの家族にしても、「プロ市民」扱いされているわけですが、
>既存の権力範囲外で個々の責任をもって活動をしている人たちを「プロ市民」とするなら、
>企業であるJリーグクラブチームの範囲をこえてゴール裏でオーウェンしていたり、
>公益法人である日本サッカー協会相手にアンチの活動している俺らも「プロ市民」みたいなもんだよなあ??。
って部分に、くだらないツッコミを思いついたので、
コメント部分に書き込んだんです。
ま、笑って頂いたようで、それは良かったなぁって事なんですが。

でも、
この「プロ市民」ってのが、新たなレッテルになりつつある状況って、由々しきモノだなって思ってるんです。
ガッサさんは「底が浅すぎ」って看破していましたけど、
まあ確かにそうなんですけど、
こういうレッテルを貼られることを恐れる気持ちは、すごく分かるんですね。
(まあ、その話もまた書きます。)

「プロ市民」って何だろう?
今後も考えていくつもりです。
(って、私の中では結論は出ているんですけどね。)
posted by めたか at 23:30| Comment(0) | TrackBack(1) | メディアリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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