2007年06月07日

誰にでもできる、簡単な催眠術のかけ方/かけられ方

まず、催眠術にかかって頂く人に、
立って静かに眼を閉じてもらいます。
その上で、楽に、特に肩や腕の力を抜いてもらいます。
(特に肩を。「肩の力を入れて−抜いて」の繰り返しを
 何度かやってもらうと抜けやすいと思います。)

自分が「見えないヒモ」を持っているとして、
そのヒモを相手の片方の手首あたりにくくりつけます。
(実際には「ヒモ」は存在しないので
 「くくりつける真似をする」って形になる。)
もう片方の手首にも同じように
「ヒモ」をくくりつける(真似をする)と、
その「ヒモ」を、両方の腕で思い切り巻き取っていきます。

手首にヒモをくくりつけた後
大きく一歩下がって相手との距離を少し取り
両方の腕を糸巻きにするイメージで
どんどん「見えないヒモ」を巻き取っていきます。
(ちょうど、毛糸をまとめるために両手を糸巻きにする
 それを、もっと大げさにするってイメージ)

そうすると・・続きを読む
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2007年04月11日

「ちょっきりの長さ」ってあるものなの?(無限について・2)

この原稿は、マンガの原作と思って
読んで頂けると有り難いです。
というか・・・

誰か、これ、マンガにしてくれませんか?
スゴく良い「教育マンガ」になると思うんですけど。
著作権なんてケチ臭い事は言わないから・・・

(参考:無限について(シリーズ化、するかも)


###
(ものさしを手に)
「やったぁ! この長さ、5センチちょっきりや!」

「5センチちょっきり、気持ち良いぃ〜」

「あぁ、これはちょっきりちゃう〜
 4.7センチや。」

「これもちゃう。惜しいな。
 7.1センチ・・・」

「けんた君って、ちょっきりになったら
 嬉しいんやねー」

「うん。だって、ちょっきりになるって
 難しいやん。
 なかなかちょっきりにならへんし。」

「ふーん、そうなんだ・・・
 でも
 4.7センチもちょっきりと違うの?」

「ちょっきりちゃうやろー!
 『てん、なな』って半端なのがあるやんか」

「でも
 4.7センチのメモリにちょっきり合ってる
 って事やん?」

「え・・・(考えもせんかった、そんな事)
 いや、確かにそうやけどさー、
 でも長い線とは合ってないやーん」

「でも、短い線とぴったし合ったらいいやん。
 あかんのぉ」

「あかーん」

「なんで?」

「だって、短い線はいっぱいあるもん。
 だから、どれかには合うやん・・・」

「そう?
 短い線の方も、ぴったし合う事って
 そんなに無いと思うけど・・・」

「・・・(意味が分かってない)」

「けんた君ってぇ、
 線にぴったし合ってない時、どうしてる?」

「あっこちゃんアホやなぁ。
 線に合わない時なんて、ないもん!」

「よーく見た時に、線と線の間くらいに長さがなる事
 ないかなぁ」

「うーん、だいたいどっちかの線には近いと思うけどな。」

「じゃぁ、けんた君は
 間に合ったら近い方としてるんやね。」

「そうかなぁ・・・
 でも短い線ってキツキツだから、
 間になる事なんてないと思うけどな。」

「だけど、
 虫眼鏡で拡大して見たら、線きっちりじゃない。」

「そんなぁー!
 虫眼鏡は反則だー!」

「あ、先生、
 長さを測る時、線と線の間だったら、どうすれば良い?」

「普通は線があるくらいまで分かれば良いから
 間の場合は近い方を読めば良いよ」

「でも、もっとちゃんと長さを知りたかったら
 どうすれば良いの?」

「あ、それは、ちょっと難しいけど
 1つ下の位までは、目分量でだいたい読んでも良いんだよ。」

(2人声を揃えて)
「えー! 線がないのにだいていで読むなんて
 ちゃんと長さわかんないじゃーん!」

(うっ! いや指導要領でそんな事書いてただけなのに・・・)
「うん、ちゃんとした長さを知りたいんだったら
 その分、細かく線を引くしかないよね。」

「でも、その細かい線にも、もっと拡大して見たら
 ちょっきりになってないかもしれないよね?」

「それなら、もっと細かく線を引いて」

「でも、それをもっと拡大すれば、
 やっぱり合ってないんじゃないの?」

「いや、それだけやれば、いつか合うだろう?」

「そうかなぁ・・・
 それに、いっぱい拡大すれば、今まで合っていた
 と思ってた長さも、実はちょっと違っていて
 その差が見えてなかっただけ、かもしれないよね。」

「私には、ものさしの線(目盛り)に
 ちょっきり合うって事が、奇跡のように思えるやけど・・・」

(続きは・・続きを読む
ラベル:数学 算数
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2007年01月23日

「勉強する理由」よりも・・・

今日は軽く。

はてなのホットエントリになっていた
次の記事。
子供の「どうして勉強しなきゃいけないの?」→ 勉強することの具体的で直接的で切実なメリットを説明

これに対しては、手前味噌ですけど
前に書いた物を。
考えるってたのしい!

これじゃぁ、ダメなんかなぁ?
(参考)
勉強したら負けだと思っている
ラベル:学問
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2006年09月20日

今後の学問関係のエントリ予定

ちょっと見つからないんですが
「ネットで消費される流行ネタを書くより
 検索とかで後で利用してもらえる
 文章を書きましょう」
みたいな事を書いてる記事があったので
それで
一応、そういう事を指向して書いてるつもりなので
特に「後で利用してもらえるネタ」
という意味で
(自分が最も、他の人に書けないネタである)
学問ネタについて
今、予定している記事を列挙しておきましょう。
(ただ、更新時期は未定。
 学問の説明って手間暇がかかるんです。)

数学続きを読む
ラベル:予定 学問
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2006年08月26日

冥王星の件が教えてくれる「科学」の3つの特徴

冥王星が惑星から外れる事が決定しましたね。
始めは「惑星が増える」って話だったのが
冥王星を外そうって話に変わっちゃって・・・

このニュースについては
こういう可愛いネタもあったりしますが
でも
サイエンス関連の学会の動向が
これほどまで注目された機会ってなかなか無いでしょうから
この機会に色々と興味を持ってもらえれば
って思いますね。

という事で
このニュースをネタに何か書いてみましょう。
サイエンス・ファシリテーターコミュニケーターとしては
 必要な事でしょう(笑))
でも、私は天文は専門じゃないし
既にニュースなどで分かり易い説明がなされている
と思いますので
特に「説明」を加える訳じゃ、ありません。

じゃぁ、何を書くのか?

##続きを読む
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2006年08月25日

本当に「サイエンス・コニュニケーター」なんて必要なの?

最近、ニュースで
「サイエンス・コミュニケーター」というものが
取り上げられています。
「サイエンス・コミュニケーター」とは
科学について一般の人に分かり易く説明する
と同時に
科学者にも社会に必要な物を伝える
という
「科学者(コミュニティー)と社会のコミュニケーションを
 促進する役割を果たす人」
という事、らしいですね。

そういう人を「養成する教育」を
実際に大学なんかで始めているという話です。

まぁ、ふーんって話なんですけども・・・
(科学が関連する割には、
 エラい冷めてるなぁって思いますか?)


でも
殊更に、そういう人財が不足している
とか言われているんですけども、
改めて聞きたいのは
本当にそんな人が「不足している」って程、必要なんですか?
って事なんです。

ってのは・・続きを読む
ラベル:科学
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2006年07月04日

大学教授の研究費「不正受給」問題

ついでに
少し古いですが、科学関係のこのニュースも
触れておきましょう。

不正受給:研究費、早大が「流用」認定 不明朗取引、2340万円も−−教授処分へ

まだ判明していない「疑惑」の部分は
外して
かいつまんで説明しますと・・続きを読む
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2006年03月30日

物理学会で「ニセ科学」についてのシンポジウム

ヤフーのトップページで知ったんですが。

ニセ科学シンポ:血液型性格診断など議論 愛媛大で開催

物理学会の告知はこれ。
物理学会でのシンポジウム開催のおしらせ

しかけ人は、田崎晴明さん。
この関係では有名な方ですね。なるほど。
リンク先にあるように、血液型・マイナスイオン・水からの伝言などの
「科学を装うが科学とは似て非なるもの」
に、科学がどのように対応していくべきか、を
話し合うシンポジウムだそうです。

「科学」として、やるべき事は
色々とあるでしょうが・・続きを読む
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2006年01月18日

「理系的考え方・文系的考え方の一例」の補足

理系的考え方・文系的考え方の一例
を、いくつかのサイトで取り上げて頂きまして
その反応から
補足したい事がありましたので、
少しだけ。

まなめはうす様

ゴールAを求めるために、
仮説Bがあれば「B→A」が証明できるならば、
じゃあ次はBを証明すればいいじゃないか
という帰納的問題解決思考


これは「帰納的」の部分ですよね。
(帰納的の説明としては簡潔で分かり易いです)
それで、理系では、
「仮説からゴールへ」の演繹的思考もある
と思います。
生物では「帰納的」を用いる場面が強いので
ああいう書き方になりました。
というのは、
生物学は、まだまだ「仮説」の部分が未成熟ですので。


"理系的、文系的"

モデルとその検証、が理系的な作業で、
「戦争」という、絶対悪、
「戦争」に限らず絶対的な概念を導入し、
そこに自論をひっかけて
なにかやらかすのが文系的だとおもうのだが。


あ、このまとめ分かり易いですね。
つまり
上で言う「帰納的」だろうが「演繹的」だろうが
「モデル(仮説)とその検証」という思考をするのが
「理系的」って事ですね。
(で、こういう意味で
 生物学は「純理系的」と思ってるんです。)

一方
文系の方は、「概念」とか「命題」そのものを
問題にして思考する、って感じでしょうか。
(もしくは「より根源的な命題を探す」とか。)
その辺は、文系の方は
フォロー下さるとありがたいですねー。
(ただ、自分の中では
 かなりクリアになりました。
 こういうの、嬉しいですねわーい(嬉しい顔)


#こういう意味では
#経済学はかなり「理系的」じゃないかなぁ。
#また一部の社会学も
#「モデル検証型」の学問をやってるような・・・
posted by めたか at 22:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

理系的考え方・文系的考え方の一例

はてブの方で
文系的な考え方って何?」って記事を
クリップしていて
「関連記事を書く」って宣言していたんです。
なんで、ここで書きます。


###
「戦争は絶対に悪か?」
という事について、ある文系の友人が
こんな解説をしてくれたんです。
(うろ覚えで間違いがあるかもしれません。)

「戦争は絶対悪」と言うけれども
人間には「争いをする本能」というものがあり
「戦争的なもの」は人間には不可避なのだ。
だから、単に「戦争は悪い」と言って
「戦争的なもの」を封じ込めてはイケナくて
「闘争本能」を上手く発散する事を
考える必要がある・・・

こういう考え方は
多分、栗本慎一郎が言い始めた事だと
思うんだけど
それは「戦争は絶対に悪い事」
という言論状況があって、
それを揺り動かす事を目的とした
「政治的な意見」なのだ。


コレに対して
私は、こんな意見を返しました。

でも、そういう意見って
「人間には「争いをする本能」がある」
と言う事が前提になっているけど
本当にそういう「本能」があるか、
とか、
それって、どういう本能なのか、
などが「証明/説明」されてない状況で
勝手に前提にしているんじゃないか?


まぁ、この議論はこれで終わったんですが
お互いに面白いねって言い合ったのは
「文系的な考え方と理系的な考え方が
 端的に現れた例じゃないかな」
って事だったんですよね。


解説しましょう。

ここで言う「理系的な考え方」というのは
分かりやすいですよね。
「理系的な考え方」では
何が前提になっているのか、に注目します。
そして
その「前提」のもとでは何が言えるか?
という展開の仕方をする訳ですね。

例えば
数学では、「定義」から様々な定理を展開するし
物理などでは
ある「仮定」「仮説」の元で
様々な現実や実験結果が説明出来るか、
と言う進め方をします。
生物学は少し違う部分があって
「事実」を元に考えるって面があるんですが
でも、
そこからどういう「仮説」を考えるかって所に
戻ってきますので。
(つまり、生物学では、
 より「帰納的」な面が強いって事ですね。)

一方、文系では
もう少し「大雑把」に捉えるようです。
例えば
「政治的」というのは、
理系にはない発想だと思います。
(だからこそ、essaさんが、
 「新しい感覚」のように解説したんでしょう)
「政治的」については、前に丁寧に説明しています
全体的な「状況」というのを捉え
それに、どういう「影響」を与えるのか
を「分析」する、というのが
「文系的な考え方」なのだ、と
件の友人は解説してくれました。


もちろん
これは、理系的な考え方、文系的な考え方の
一例に過ぎない、と思います。
でも
理系に関しては、私の知る限りでは
かなり共通する「特徴」だと思いますし、
文系でも「文学的」というのも
同じような特徴を備えているような気がします。
(もっとも
 ここで言う「理系的」な特徴を備えた
 「文系の学問」もあるように思いますので、
 既に「文系/理系の分類」自体が
 崩れてしまってるように思うんですけども。)
posted by めたか at 00:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

日本でも「論文捏造疑惑」はあったんですが

韓国の黄教授による論文捏造が
大きく報道されています。
テレビのニュースでも大きく取り上げられてるので
ご存知な方が多いでしょう。

ES細胞:ねつ造 審査論文検証なく

正月に帰省した際、私の親でさえ
この事件の事を知っていて、
「韓国の科学はけしからんなぁ」
みたいなニュアンスで捉えていたので
この件を書こうと思いました。
(親はこれから書く件は
 全く知らなかったらしいです。)


実は、日本でも
昨年、大きな「論文捏造疑惑」が2件あったんです。

1つ目は、大阪大学の研究室が、
ある遺伝子のノックアウトマウス
(その遺伝子をなくしたマウス)を
作成できていないのに、作成したとして
論文を出した、という問題です。
そんなマウスは無い事が判明したため
この研究室は論文を取り下げました。
この事は、新聞でも多少大きく取り上げられたので
ご存知の方はおられるかもしれません。

(また、この件では、
 「偽造」をした学生が研究費を研究室に
 寄付をしていた、という別の倫理問題も
 ありました。)

もう1つは、東京大学・産業技術総合研究所の
研究室で起こった疑惑です。
この件は、簡単に説明するのが難しいので
詳しく調べてるこちらの記事を紹介。
東大RNAi研究者の論文捏造事件に関して

要するに
日本でも、実験データを捏造して論文を発表し
「華々しい研究成果」を出していたところは
あった訳ですね。
ま、スケールは全く違いますけども。

だから、
韓国の方での「捏造事件」だけを
こんなに大きく報道して
「韓国はダメだなぁ」みたいな雰囲気を垂れ流すのは
どうかと思う。
この事件は他山の石とすべき事で、
しかも日本でも似たようなニュースがあったのだから。

加えて
日本の方では、ちゃんと「真相解明」が
進んでいるか?
関係者が処罰されたり再発防止に取り組んでるか?
というと
疑問があったりする訳で。
例えば
後者の件では、所属する産総研では
昨年の9月14日に「予備調査」が開始され
12月2日にその結果が出て、
それを踏まえて改めて、
外部の人間を含めた「調査委員会を設置」という
スピードな訳で・・・
これじゃぁ、正式な結果が出る頃には
すっかり風化してしまって
処分や再発防止策も形式的なモノに
なっちゃわないかなぁ?
(東大ではどうなってるかは知らない。
 RNA学会はかなり早く動いて
 学会のトップページの目立つ所に
 声明のリンクを載せています。
 RNA学会は、やる事やってますね。)


自分たちの手で、速やかに真相を解明し、
関係者を処罰して、効果的な再発防止策をとらない限り
「日本の科学」の信用も失われてしまいます。
韓国の件は、
全く、他人事でも笑い話でもないのです。


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2005年10月29日

創意工夫で数学を楽しく!

「数学は答えが1つしかないから、つまらない」
良く、こんな事を言う人が居ます。
だけど、
これは数学を知らない人の意見だと思うんですよ。

たとえば
「登山は、ゴール(山の頂上)が
 1つしかないから、つまらない」
こんな事を言う人は、いないと思います。
確かに、最終的なゴールは1つでしょう。
でもゴールに至る道のりには色々なものがありますし、
その過程には色々な事があります。
それを「楽しみ」ながら
ゴールに到達する達成感を求めるのが登山なのだろう
きっとそうだろうと私は思うんですが、
これくらいのことは、
登山をしない人でも普通に思ってる事でしょう。

数学だって、同じなんです。

数学が好きな人、得意な人は
答えに至る色々な方法を楽しんでいます。
だから
1つの方法で解けたとしても
「別の解き方で解けないだろうか」と考えるのです。
それで
色々な解き方で解くことを楽しんでいます。

確かに、
数学には答えは1つしかありません。
だけど、
答えへの過程で色々な創意工夫をすることができて、
それが数学を楽しくするのですよ。


(追記部分に具体例を)
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2005年09月21日

「知性」とは元々不完全なものじゃないかな

(この記事の概要)
・知って元々不完全なものだと思う
・「大衆蔑視」とかの人って
 知を実像以上に大きく捉えてないか?


###
しかし
やり取りのあるブログなんで
消すのもなんだかなぁって感じですが
リンクも無く関連性も薄い記事を
トラックバックして来られても
困るなぁって感じです。はぁ。
あ、どうも、
めたかです。
いやぁ、しかし、
私のTBポリシーとかご存知だと
思っていたんですけどねぇ。はぁ。
それに、
どうせ巡回先ですから
別にTB送って来なくても
読んでるんですけどねぇ。はぁ。

ま、いいや。
(ここで独り言のように愚痴っておけば
 伝わるかもしんないし。
 文句を言いにいくのも角が立ちますしね。
 これで伝わらないんなら
 うちのブログをろくすっぽ読んでない
 (のに、そんな事をする)って事なんで
 次からは消せば良いし・・・)


###
本題です。
essaさんが
「finalventさんはひと味違う」
と言って紹介していたのが
次の記事なんですけども。

単純な話で言うと…

この記事は
大衆は馬鹿だと」「しかし…
と続く一連の話の最後ですね。
続きで読んだ方が分かり易いって思います。
で、
「大衆蔑視」とか「知性」とかについては
アカデニズムから降りて
こういう事をしている私としては
興味深く読みました。

でも
私にとって、結構、違和感アリアリな
部分も結構あったので
ちょっと内省しながら書いてみようかって・・・


###
私が違和感を感じた、というのは
最初の記事で引用されていた
吉本隆明さんの言葉、ですね。

高度なところを頂点として、
知識の秩序とか系列とかが全部を覆っている
イメージを想定するとします。
僕にはどうしてもどこかに知識の空隙、
あるいは亀裂みたいな空間を生んじゃって、
そこだけは知識の糸が覆いきれない個所が
存在すると思うのです。


言いたい事の方向としては
賛同しているんですよ。
私も吉本さんの影響は、それなりに受けてる人間ですし。
ただ
そもそも「知」に対するイメージ自体が
かなり違ってるなぁって思う。
「知」って、そんなに高度なものかなぁ
違うと思う
「知」ってもっと不完全な
ツギハギだらけなものじゃないのって
思うんです。
だから
「知識の糸が覆いきれない箇所が存在」
って感じより
「覆いきれない所だらけだ」
というのが、正確なトコじゃないのって
思うんです。


「大衆は馬鹿」とか言ってる人って
そういう事を、どこまで分かってるんだろう?
って思うんですよ。
じゃぁ自分はどこまで分かってるのか?
ですよね。
それって別に、吉本隆明じゃなくても
ソクラテスの「無知の知」でも良いですし
割と「知」では常識レベルの話じゃないのかな?


なんか
「知ってスゴい。こんな事も分かるんだ」
って感じるのって
知に触れる始めの段階じゃないの
って思うんですよ。
ある程度、勉強していくと
「こんな事も分からない」という
「知の限界」って事が
どんどん見えてくるって思う。

いや
確かに、その「限界」を越える為に
どんどんと知は進んでいくものでは
あるんですよね。
だけど
それで「どんどん分からなかった事が分かる」
って訳じゃ、ないと思う。
その「限界」を越える為に
膨大な量の「知」が積み重ねられ
それで、やっと少し
「限界が前に進む」程度のものだってのが
一時期でも、知の最前線に居た私の
印象なんですけども・・・


そういう実感を持ってる人間としては
そもそも「知」って
そんな特別なモノじゃないって
思うんですよね。
それを言うなら
「美味しい野菜を作るノウハウ」
を持ってる人とか
「絶好の漁場を知ってる漁師」
だったり
「どこの店で何が安いか」などを
押さえている主婦とか
そういう、様々なノウハウなんかと
同じようなものじゃないのって。



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2005年07月27日

論理シリーズまとめ

サーバー様って・・・
あんまり中学生を馬鹿にして遊ぶのも
どうかと思う、めたかです。
(無断リンク禁止って書いてるけど、
 ホントに禁止してるって言うより
 嫌みとして書いてるとしか思えないので
 無断でリンクしています。)


ここの所、集中して
「論理シリーズ」を更新してきて、
何とか一通り終わりました。
それで、
ここまで書いてきた記事を並べて
まとめておこうと思います。

まず、一連の記事のリストから。

第一幕
「集合」とは・・・
「論理」は実は、難しいものではない
「論理」とは「順番」である
論理には色々ある
ベン図とカルノー図
論理には「国語的論理」と「数学的論理」がある
論理に必要なのは「注意力」と「疑問を持つ心」である
論理シリーズ・第一幕まとめ

第二幕
なぜ数学では「論理」を「集合」で考えるのか?(形式論理入門)
論理の基本:「AならばBである」について
「論理の基本」の具体例
論理シリーズ:順番が大事な理由(逆は必ずしも真ならず)
「AだからBである」の論理について


第一幕では、
「論理」というものについて
どういうものか、を概観しました。
その中で
包括的に捉える「定義」を提唱し、
(「「論理」とは「順番」である」ですね)
その定義によって、様々な「論理」を
見ていきました。
その中で、数学の論理・形式論理を
位置づける、というのを行った訳です。
(第一幕の個々の記事については
 第一幕のまとめ記事
 コメントしています。)
また、同時に、集合の説明も行いました。

そして
第二幕では、その数学の論理を
実際に説明していきました。
なぜ数学では「論理」を「集合」で考えるのか?(形式論理入門)
では、論理を集合で捉える基本を説明しています。
ポイントは
「個々の事項が当てはまるモノの集合を考える」
という事でしたね。

論理の基本:「AならばBである」について
は、形式論理学の基本の説明です。
集合を用いて考える事を、徹底してやりました。
ベン図、カルノー図も駆使しています。
分かってる人には非常に退屈な回だったでしょうね。

「論理の基本」の具体例
は、上の記事
論理の基本:「AならばBである」について
の具体例です。

論理シリーズ:順番が大事な理由(逆は必ずしも真ならず)
では、論理学の勉強では必ずやる
「逆、裏、対偶」について、簡単に説明しました。
実は、これに関しては
知ってはいても、結構勘違いする事が多いです。
という意味で、
なかなか、難しい話題ですので、
もう少し、具体例を出せれば良かったな、
と思っています。

そして、最後に
「AだからBである」の論理について
で、普段良く使う
「○○だから△△」という論理を
説明しています。
これは、実は、これまで説明してきたものの
延長上にあるものでしたので、
説明は(あえて)簡単にすませています。


全体的に、具体例が少なかったのが
反省点ですが、
これは、今後そういう例があった場合に
適宜、ここでの説明を当てはめて使う事で
代わりとしていきたいなって思います。

ネット上には
形式論理を解説したページは見られますが
ここまで徹底して「論理」を考察したものは
なかなか無いのではないか、と思いますので、
そういう意味では
「貴重な資源」になったのではないかな
って個人的には思っています。
(だけど、全然、反応は薄かったんですけど・・・)
なので、
上手く使って頂ければ幸いです。
(大学の講義なんかで使ってもらっても
 良いのではないかなって個人的には思ってます。)


それで・・本文とは関係ありませんが
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2005年07月24日

「AだからBである」の論理について

さて、
少し時間的・精神的余裕が出来たので
懸案の「論理シリーズ第2幕の締め」を
やってしまいます。

今までは
「AならばBである」の論理について
説明してきました。
だけど、
日本語の文章の中で使う論理として
「AならばBである」というのは
あまり使わないのではないかなって思います。

それより、
「AだからBである」
という「論理」の方が、ずっと使うと思うんですよ。
なので、
今回は
「AだからBである」の論理を
考察していきたいと思います。


###
まず、復習から。
「AならばBである」については前に考察した通りですが、
別の角度から、考察してみましょう。
「AならばBである」というのは
「Aが正しいという条件において、
 常にBが成り立つ」という意味になりますね。
だから、
「集合【A】が集合【B】に含まれ」ないと
いけない訳です。
(含まれてないと、
 Aが正しいのにBが正しくない事例が
 存在してしまう・・・)

という事を踏まえた上で
次にいきましょう。


###
一方
「AだからBである」というのは
「Aが正しい。従ってBも正しい」
という事ですね。
目的として、「Bが正しい」を言いたくて
その根拠として「Aが正しい。」と言う。

という事なので、
「論理学」で言うなら
「AだからBである」は、
次のように分解されるんです。

・Aは正しい
・AならばBである
・よってBは正しい

つまり
「AならばBである」というのは
「AだからBである」の論理の中に
使われているんです!


日常であまり使われない
「AならばBである」の論理を
ここまで丁寧に考察してきた訳は、
良く使われる「AだからBである」の中にも
含まれている「基本の基本」だから、だったんですね。
(つまり、ここまでの考察は
 無駄ではなかったんですよ。)


で、まぁ、
この説明で分かる通り
「AだからBである」の論理をチェックするには
・AならばBである
の部分と、
・Aは正しい
の部分の両方をチェックしないといけないんです。
(案外「Aは正しい」の部分のチェックが
 忘れがち、なんですよねー。)


・間違った仮定からは何でも証明できてしまう


これは、確か、ラッセルという数学者が
言った事だと思うんですが。
(これを主張したところ
 「1+1=2」を仮定して
 「あなたがローマ法王である」事を証明しろ
 と言われて見事に証明したってエピソードが
 あったそうな・・・)

元々
「AならばBである」の論理では
「Aが間違ってる場合」は常に成立する
って事になっているんですね。
ですから
「間違った仮定」からは
何でも証明できてしまうって
なってしまうんです。

だから、
「AだからBである」において
ちゃんと「Aが正しい事」を
チェックする事が、
非常に重要なんですよね!

(ですから、
 前に例とさせて頂いた件では
 「本当に説明不足なのか?」
 を考察する必要があると思う。)



###
考察については、以上です。
論理シリーズ第2幕は、
一応、これで締めと言う事で。
具体例はほとんど無かったですが、
色々な例に当てはめる事ができると思うので、
使ってみましょう。

第3幕は、いつになるか・・・
始めにホームページを構想した時に
考えていたネタは、
だいたい出してしまったので。
他にも「数学の論理で重要な事」は
あると思いますけども
(数学的帰納法、とか、
 背理法とか、場合分けとか・・・)
まぁ、先に他の解説記事の方を
優先していきたいなって思います。
posted by めたか at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月16日

論理シリーズ:順番が大事な理由(逆は必ずしも真ならず)

祇園祭に行く連中みんな犬に噛まれろ
そのマネージャーもみんな犬に噛まれろ
どうも、めたかです。
(たむけんのネタのパロディーです)
人は多いわ、車は進まないわ、
大変ですわ、全く。

とにかく、サクサクいきましょ。
論理シリーズ、山場ですし。
(反応、薄いですけど。)

前々回前回
「AならばBである」という論理を説明しました。
今回は、それを色々といじってみます。

「AならばBである」
まずこれを、順番を逆にしてみましょう。
「BならばAである」
これは、どんな時に成り立つのでしょう?

「AならばBである」の場合
集合【A】は、集合【B】に含まれるんでしたね。
なので、
「BならばAである」の場合も同じで
集合【B】が、集合【A】に含まれるんです。

図で書くと、こんな感じになりますね。
・・続きを読む
posted by めたか at 23:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

「論理の基本」の具体例

最近、気になっているのは
大阪医専の広告ポスター。
このHPにある写真に
「命はチームで守る」というコピーが書いてるんですが
壁がズレちゃってるが為に
「守れてないやん」って事になっちゃってる。
キーパーの位置に点滴付けた患者らしき人を置いたり
とか、
細かな所が凝ってるだけに、
「誤った」メッセージになっちゃってるのが惜しい。
(まぁ、その患者が見えるように壁を動かした
 ってのが真相なんでしょうけど、
 それじゃぁキッカーも動かせば良かったのに)
「丁寧な仕事をしないとイケナイな」
って思った事でした。
あ、どうも。めたかです。

さて、「濃い」更新の第一弾は
論理シリーズ」です。
前回の記事について、
もう少し具体例を足しておこうと思います。
(ちょうど良い例もありますし・・・)


###
まず、簡単な例から。
・風が吹けば桶屋が儲かる
この話、こういう事って言われています。

風が吹けば、土埃・砂埃が舞い上がる

埃が舞うと、目に埃が入って失明する人が増える

失明する人が増えると琵琶法師が増える

琵琶法師が増えると三味線が売れる

三味線の材料として多くの猫が捉えられる

猫が減るとネズミが増える

ネズミが増えると桶が食われる事が増える

桶の需要が増えて桶屋が儲かる

ま、こういう話だったんですが、
この1つ1つについて、
「ちゃんと論理的に繋がってるか」を
チェックしていきましょう。


###
まず
「風が吹けば埃が舞う」という話。
前回の記事に従ってチェックするなら
「埃が舞う場合」の集合が
「風が吹く場合」の集合を含んでいるかどうか?
または、
「風が吹いていて埃が舞わない場合」
が、全くあり得ないのか
をチェックする事に、なります。

これは、一見すると正しそうに思えます。
ですが、
ホントに「風が吹いて埃が舞わない場合」
って、全くないのでしょうか?
それは
「風が吹く」というのが
どの程度の強さの風の事を言うのか?
逆に
「埃が舞う」というのが
どの程度の量の埃が舞っている事を言うのか?
それを、ちゃんと規定しないと
判断できないと、思うんですよ。
だって、
ちょっと弱い風が吹いたくらいで
大して埃なんて舞わないと、思いますから。
ですから
この項目については
「これくらいの風が吹けば、
 最低このくらいの量の埃は舞うでしょう」
という事を言うのでないと
正確ではないって事に、なると思います。


次の項目は
「埃が舞うと、目に埃が入って失明する人が増える」
って事ですね。
だけど
ちょっと埃が目に入ったくらいで
失明までする人が、そうそう居るとは思えません。

と言っても
ホントに酷い量の埃が舞ったとすれば
普段の時よりも
「有意に差がある」程度に、
失明する人が増えるかもしれませんね。
(なので、前の項目で
 「舞う埃の量」を、ちゃんと決める事は
 こちらの議論のためにも必要な事なんですね。)


###
さて、
ここまでの「議論」について補足しましょう。
ここでは
「風が吹く」というのが
どの程度の強さの風の事を言うのか?

とか
「埃が舞う」というのが
どの程度の量の埃が舞っている事を言うのか?

とか、
「言葉の定義をちゃんと決める」事を
重視しています。
それは、前にも書いた通り、
「集合」というものは
「何が入るかが明確に決まっていないとイケナイ」
から、なんですね。
「集合に入る/入らないが厳密に決まる」
からこそ
「集合を用いる」事で厳密な論理が進められる
のでしたね。

前に「数量化がなくても厳密な議論は可能」
と主張した
際に、
「でも言葉の意味をわざと曖昧にするのは考えられない」
と言った理由が、
今回、説明できたって思います。
そう、
「学問をしてる人」特に「理系な人」が
「言葉の定義」って事にこだわる訳が
今回あげた例で
理解頂けるのではないか、と思います。


#全部はやらなかったんですが
#ご自身でやってみて下さい。



それで、追記部分は
Unforgettable Daysさんに
タイムリーに良いネタ
がありましたので、
これを材料に考察したいと思います。
###追記
posted by めたか at 23:14| Comment(8) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

論理の基本:「AならばBである」について

もしかして、モヒカン族って、ネタ?
なんか、そんなふうに思えてきました。
だとしたら、
私のこの記事、恥ずかしいっ!
ネタにマジレスしちゃったんですね。
しかし、
もっと早く気がつけって感じですね、
「やたらと三点リーダにこだわる」とか
ヒントはあったのに。
(私も昔「赤ワインと聞くと怒り出すキャラ」とか
 やってたのにね・・・)
めたかです。

なんで、
少し取り返す意味で(笑)
今回は、真面目な記事を書きましょう。
あ、そうそう、
「・・・」と「…」については、
説明頂きました
いえ、別に中黒にこだわってる訳じゃ、ないんです。
どっちだって良いと思っています。
(たまに「…」も使ったりするし)
ただ、
1つは、隙間が多いのが好みかなって。
それだけ「間」が取れるって感じるんですよ。
って、
すでにコメント欄に指摘してる方、おられますけど。
(あと、「…」って、
 表示が変な事がある気がする。
 文字の真ん中くらいの高さじゃなく、
 下ぎりぎりの高さに点が表示されちゃう事、
 ないですか?
 ちゃんと確認してないんですけど・・・)
あと、
文章の中にアスキーアートは入れませんけど、
絵文字は入れますよね。「orz」とか。

という事で、
説明頂いたのは嬉しかったんですけど、
多分、これからもこだわらずに
「…」も「・・・」も、
その時の気分で使い分けるかなって思います。
(いえ、「…」でないとホントに困る人が居る
 というなら、ちゃんと統一して用いますけど。)


前置きが長くなってしまいました。
論理です。論理です。
ロンリーではありません。
いえ、ロンリーかもしれません。
って、くだらない事を書いているのは
「論理」って見るだけで
逃げ出す人が居るかもしれないから。
そんな、逃げなくても良いですよぉ。
大した事、書いていませんから。

前回の記事
「論理を集合で扱う」って事を説明しました。
今回は、その具体例として
「AならばBである」というのを
とりあげてみましょう。
続きを読む
posted by めたか at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月30日

なぜ数学では「論理」を「集合」で考えるのか?(形式論理入門)

CAUTION!!!
 この記事は
 ちょっとオススメですよ!
 心して読んで下さい(笑))



忙しくて、ブログチェックが疎かになりがりな
めたかです。
あまり、ブログの巡回ができていません、
それより、
自分のブログを書く方を優先しています。
だから、
「流行の話題」には付いていけません。
一応、それ、表明しておきます。
(そーむしょー? それ食えるんすか?)


ちょっと事情で、
(明日には分かる)
ここ半年ほどの自分の記事を振り返っていて、
論理シリーズ」がやりかけのまま
放ったらかしなのを思い出しました。
「間髪入れずに第二幕が始まる」
なんて言ってたのにねぇ(恥)

なので、唐突に再開。
ま、治験についての連載も、
まだ中途のままですが、
そちらについては、ちゃんと覚えていますので。
こっちは、少しは書いておかないと
頭の中から無くなってしまいかねないので・・・


###
まず、ちょっと復習しますね。
「論理」とは、「順番」だったんですね。
物事を「説明」したり「考え」たりするために、
事項をちゃんとした順番に並べていく事
それが「論理」なんですね。

それで、
この「論理」を検討する際に、
数学では「集合」を用いる
んです。

それは、いったい、どういう事なのでしょうか?
どうやれば
「集合」で「論理」を取り扱えるのか?

その説明の前に、もう1つ復習。
集合って、何だったか?
次の記事で説明していたんですね。
「集合」とは・・・

簡単に言えば
「色々なものを入れた袋のようなもの」
と言える訳です。

で、
数学では、次にように取り扱います。
「論理」とは、いくつかの「事項」が
順番に並んだもの、なのですよね。
に対して、
1つ1つの「事項」について
「(それが)当てはまるもの」の集合
というのを考えるんです。

そうすると
1つ1つの「事項」について
それぞれ「集合」で考える事ができるようになります。
そうすると
その「並び方」について
この「集合」で、検討していく事が、できるんです!

これが、つまり、
「論理」について
「集合」で取り扱う事ができる

って事なんですね。


###
それで、
「集合」で「論理」を検討する方法については
次回以降に説明しますが、
1つ、疑問に思う事があるでしょうね。
それは
数学ではなぜ、
「論理」を「集合」で扱うのか?

何か、良い事があるのか? って事ですよね。

それは、2つ、理由があると思います。

1つ目の理由は、
「集合」というのが、数学で取り扱いやすい
というのがあります。
(いや、実は私は、
 数学以外でも「集合」って取り扱いやすいハズ
 って思っているんですけどね)

例えば、「厳密性」について、は
「集合」のおかげなんですよ。
というのは、
集合って、先に述べたように
「色々なものを入れた袋のようなもの」
と言えるんですが、
1つ、注意点がありました。

それが、
「集合に入るものが、
 明確に厳密に決める事ができる」

という事です。

このお陰で
論理を「明確に、厳密に」検討していく事が
できるんですね。

また、
「集合を考える」というのは、
基本的に
「何が(その)集合に入るか」をチェックする
というだけなんですね。
「入るか/入らないか」だけを気にすれば良い
しかも、
「入る/入らない」は
明確に厳密に決める事ができる
んですから、
「入る/入らない」のチェックは
難しい事ではないハズなんですよね!

そういう意味で
「集合で考える」というのは
非常にやり易い方法なんだって事なんです。


で、2つ目の理由、
それこそが「形式論理」と名付けられてる理由です。
「集合で考える」と言う事は
つまり
「入れ物で考える」という事ですよね。
要するに
「中身はなんでも良い」って事。

それは、言い換えると
「意味」ではない「形(形式)」で
考える事ができる
って事なんです。

(ここで言う
 「意味」とか「形式」って
 何を意味するか、が曖昧ですが、
 あまり気にせず、先に進んで下さい。)

そうすると
「中身」に関係しない「形」だけですから
様々な事に当てはめていく事ができるんです。

1つ1つの「意味」に囚われずに
「当てはまる集合」に
「入る/入らない」という「形式」のみで判断する
という「論理のやり方」だから
「形式論理」と呼ぶんですね。
そして
「入る/入らない」って事だけで判断すれば良いので
それだけ
色々なものに当てはめる事ができる
つまり
汎用性が高い」って事なんですね!


###
って事で、
「数学の論理(の基礎)」である「形式論理学」の
入門について、でした。
前に言った
『中身・内容』と関係ない
 『構造/枠組み』の部分のみを抽出し、考察する

って事の、より具体的な説明に
なっていると思います。
(もっとも、さらに具体的な
 「実際の方法」は
 次回以降になるんですけども・・・)
posted by めたか at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月12日

匿名レフェリーシステム 〜科学論文の審査システム

やっぱり張本には「喝っ!」だ!
(ナベツネ歓迎だってさ。予想された事だけど)
こいつが球場に来たら、絶対にブーイングだぜ!
めたかです。


更新が滞っていて申し訳ないです。
実は、最近ちょっと面白いブログを見つけて
過去ログ含めて読み込んでいるんですよ。
それは、こちら。

柳田充弘の休憩時間 Intermission for Mitsuhiro Yanagida

この柳田さんというのは、
超一流の生物学者で、
しかも見識なども研究者としては随一の方です。
日本の科学を代表する知性だと私は思っていて
そういう方が、かなり熱心にブログをやっておられる・・・
ちょっと、必読のブログが出てきましたですよ。

で、
まだ全ての過去ログは読めていないんですが、
読んでいて、思い出した事があります。

匿名レフェリーとの対話

科学の現場において、
論文の審査システムには、
「匿名」というのが重要な役目を果たしている
という話なんですよね。
詳しくは紹介の記事を読んで頂くとして、
かいつまんで説明しますと・・・

まず、科学雑誌に論文を投稿すると、
編集委員の中から適当な人が「担当」として決まります。
科学雑誌には、それぞれ「編集委員」として
著名な科学者がリストアップされているんですね。
有名雑誌の編集委員になる事は
一流の科学者・研究者の証とも言えますし
逆に、科学雑誌としては、
どういう人を編集委員としているか、というのが
その雑誌の信用を高めているとも言えます。

担当の編集委員が決まると
(それが誰かは投稿者に通知されて、
 投稿者はその編集委員とやり取りをする事になります)
編集委員は、その論文を審査するのに適当と考える
適当な研究者を(普通)3人選んで、
その人に論文を渡しておかしな所がないか
厳密に読んで審査するように頼みます。

ここでポイントとなるのは
この3人の研究者が誰なのかが明かされない
という事なんです。
逆に、誰が審査しているかが明かされない、
という事が、
人間関係などに左右されずに
言いたい事を言う事を担保している訳ですね。

もっとも、
その「匿名性」に隠れて無茶苦茶言う事も可能
って思われるかもしれませんが、
審査を頼んだ編集委員の方は「誰か」は分かってるので
あまりにおかしい事を言ってると
それは編集委員が判断して、別の人に変えたりもします。
また、投稿者が、あまりにオカシイ審査員に対しては
変えてくれと、編集委員に要求する事もあるそうです。

(これ以上の詳しい事は
 柳田さんの記事とか、
 他に詳しく説明している文献を読んで下さい。)


科学という厳密な世界において
「匿名性」というのが
大きな役割を果たしているって事、
今のネットの「匿名性」の議論にも
参考になるのではって思いますので
議論の俎上にのせておこうと思います。


参考
『バカの壁』から科学の話
posted by めたか at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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