2005年03月23日

[at]「進化論」から学べる事

うわっ!
ぐっさんがブログを始めているっ!
(あんま関係ないエントリですがTB飛ばしておこう)
どーも。めたかです。
今日は帰って来るのがすごーく遅かったので、
前々から用意していた原稿を使います。
でも、
これを今アップするのって、良いタイミングかなって・・・


###
「進化論」に限らず、自然科学の知見を
そのまま社会に当てはめるというのは
あまり適当でない場合が多いのではないかなって
実は思っています。
その知見や理論の前提が、当てはめている社会と異なっていたり、
する場合が多いんじゃないかって事で。
でも、
進化論については、実は私の物事の考え方の基礎というべき部分で
影響を受けていたりするんですよー。
なんで、
今日は、それを解説してみようかと思います。
(全く自己流のまとめ方で申し訳ありませんが、
 これくらいシンプルな方が理解しやすいと思います。)


良く、進化論的な考えで社会を見る場合
「弱肉強食」みたいな見方をされる事が多いのではないかと思います。
でも、
私に言わせれば、それは、「進化論」をちゃんと理解していない
考え方じゃないかなって思うんですね。

まず、進化論について。
進化論は、ダーウィンが提唱した理論です。
それは、簡単に言うと次のような理論です。

地球上の生物は、まず、小さい単純な生き物が生まれ、
その単純な生物が進化する事によって、
今ある、多様で複雑な様々な生き物ができた


という事を説明する理論です。
その理論のポイントとなるのが「進化」というものであり、
この「進化」が、どのように起こるのか、というのが
理論のキーなんですね。
それは

遺伝子の変化(突然変異)によって、
これまでと異なった生き物が生まれる。
そうやってできた、様々な異なる生き物が、
長い時間をかけるなかで「自然と淘汰」されて
生き残るのに最適な生き物が生き残った
この長い繰り返しによって、
だんだんと複雑な生き物ができていった


というものです。
このポイントは2つあるんですよね。それが
・突然変異(による多様な生物の創出)
・自然淘汰(による適者生存)

なんです。

多分、「進化論」を「弱肉強食」的な援用をする方って、
この2つのポイントの後者・自然淘汰の面だけを
見ているんだろうと思うんですね。
だけど、
実は、前者の方も、「進化論」には重要なんです。

進化の歴史を見ると、
大きな進化がある前には、もの凄く多くの種が生まれているんです。
つまり、多様性が非常に大きくなる時期というのがある。
有名なのが「カンブリア爆発」なんですが。
そうやって、
たくさんの種類の、しかも様々な特徴を持った多様な生き物が
爆発的に多く出現する事によって、
その後の「進化のスピード」が速くなる。

それは、
種類が増える事によって、色々な事が「試す」事ができたから
と考える事ができるんですね。

また、
生き物には、「多様性を高める」ための仕組み
というものも、備わっているんです。
例えば、
人間をはじめ、多くの生き物が
子孫を作るために、「父親と母親」から遺伝子を受け取り
シャッフルして新たな遺伝子を作っています。
これは、「効率」だけを考えると非常に効率が悪い、ですよね。
だけど、
「多様性を高める」という意味では、非常に役立っている。

(ちなみに、
 「多様性の重要性」という点で大きな功績があったのが
 木村資生さんという日本人研究者です。
 彼が提唱した「分子進化の中立説」は、大きな議論を呼んだそうですが、
 現在では広く受け入れられています。)


###
進化論は専門ではないので、
あまり突っ込むのは止めておきます。
(淘汰の影響はどの段階でどの程度かを推定する
 複雑な学問になってきているようです。)
ただ、
「基本」としては、ここに書いたことを押さえておけば
良いのではないか、と。

それで。
私はこの「進化論」から、
自分の価値判断の1つを学んでいたりするんです。

それは
多様性こそが重要だ
というものです。

自分自身の考える方向として、
物事とか考え方とかを「均一」にしようと、
つまり「多様性を損ねる」という方向のモノは、
基本的にどこかおかしいのではないか、と考えるんです。
逆に
「多様性を高めよう」とするものは、
基本的にオーケーな考え方と思うんですね。
もちろん、
これだけが判断基準ではないんですけど、
でも私にとっては基本的な基準にはなっているんです。

手前味噌ですけど、
この考え方って、割と広く使えるものじゃないかって
思っています。
だってね、
「多様性が小さい」ものから生まれたものって、
それだけ「狭い範囲」でしか試されていないって事でしょう。
それは、その分だけ「弱い」って思うんですね。
逆に
「多様なものの中から生まれてきたもの」って
より「広い範囲」の試行がなされたって訳ですから、
その分、よりしぶといものじゃないかって。
これは、
別に「進化論」なんかを持ち出さなくても、
割と常識的に理解できる事だと、思うんです。
(というか、
 「進化論」自体が、そういう常識的な考え方から
 生まれてきたものだって言えるんでしょうね。)

他にも、例えば。
組織という点でも、同じような人間ばかり集めると、その分
「変化に適応できない弱い組織」になってしまうだろう、
とか、
「より多様なモノが共存できるやり方が、より良いものだ」
とか、
「オルタネイティブ」って大事だね、
とか、
割と私自身の価値観に沿ったものが、
全部これに繋がってきちゃうんですよ。

そういう意味で、
キーワードは「多様性」じゃないかなって
思っていたりします。
そしてそれは、
私の中では「進化論」に裏づけされている考え方で、
「進化論」から学んだ事なんです。
posted by めたか at 01:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月27日

[at]円周率の話

どうでも良い話なんですが、
ほりえもんの言ってる
「テレビ番組とネット・チャットとかの融合」なんて
随分前に『テレバイダー』がやっていた
って思うんですが・・・
めたかです。

出かける前に、
ちょっと、私にとっては気楽に書ける記事を。


ウソ記事なんですが、こんなのがあるんです。
「10桁で終了」 円周率ついに割り切れる

オチ(0って・・・)の意味が分からない人も居るかも、
ですが、
(「少数の定義」を冷静に考えて下さい!)
まぁ、そういう冗談はともかくとして・・・

大分前の話ですが、
ちょうど、円周率の計算の世界記録を、
日本人が出した、というニュースが流れた後くらいに、
ヤフーに次のようなのがしばらく載っていたんです。

オススメ検索
・円周率の不思議
 3.1415926……。
 スーパーコンピューターが小数点以下1兆ケタ超まで
 求めたそうですが、やはり割り切れません。

・・・・・・
あのぉ、そもそも円周率というのは、
「絶対に」割り切れないのですが。
それは、1兆桁計算しようがもっと計算しようが、
当たり前の話なんですけど。
もし万が一、それだけ計算して割り切れたとしたら、
それは、数学の世界がひっくり返ってしまうほどの
大ニュースになっちまうんですよ。
だって、
円周率は、絶対に割り切れないことが、
数学的に証明されてしまっている、んですよぉ!
なんなんだろうなあ、こゆうの。
(円周率が「割り切れない」って事は、
 一応、義務教育で習ってる事なんですけどねー。)


同じような話として。
金八先生の、確か、第4シリーズだったと思うんですが、
数学の乾先生が、
卒業する生徒たちへの最後の授業で
こんな事を言っていたんです。

「円周率は、割り切れない。
 だけど、いつか割り切れるんじゃないかって、
 次の桁を求めつづけることが、
 人間にとって大切な事なんだ」

・・・・・・
凄い良い話だったんですけど、でも、
前提となる話が無茶苦茶間違ってる気がします。
だって、それなら
「絶対に割り切れない事」が完全に決まってしまったならば、
(そして生徒がそれを知ったならば)
もの凄いニヒルな結論が沸き起こってしまいません(笑)

この乾先生って、
一応、設定ではスゴい理論家、勉強家って事なんですが、
「円周率は絶対に割り切れない事が数学的に証明されている」
って事すら、知らないんでしょうかね。
(最新の理論なんかでもなくて、
 19世紀くらいに証明されてる事なんですよ。#1
というか、
脚本を書いてる小山内さんの方の問題かも。
もの凄く色々勉強している勉強家らしいんだけど、
でも、こういう文系の勉強家の人って、
理系に関して、基本的で致命的な間違いをやってしまうことが
結構、多いんですよねぇ。
多分、理系の人ならすぐに気が付くことだと思うんですが。
(ま、逆のケースもいっぱいあるんですけどね。
 理系の学者が文系の事で酷い勘違いを書くって・・・)


って事で、
今日の教訓・持つべきものは、理系の友(笑)


#1
πが超越数である事が証明されたのが
多分、19世紀だと思うんですが。
その前から「割り切れない」事自体は
証明されていたかもしれません・・・
posted by めたか at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月10日

[at]「集合」とは・・・

え、それで短い記事をもう1つ。
前々から「論理」について解説するって言っていた、
その第一弾です。
(いくつか書いて、それを元にHP用の原稿を書く、
 ってやり方でいきます)
数学で「論理」を扱う場合、
「集合」で考えるますので、
まずは「集合」について解説しておこうって。

でも、
「集合」って何かってのは、とても易しいんですね。
「色々なモノを集めたもの」ってだけですから。
例えば「イヌの集合」ってのは、
「イヌをみんな集めたもの」って事ですし、
「一桁の整数の集合」ってのは、
一桁の集合を全て集めたもの。
(「1、2、3、4、5、6、7、8、9」
 ってなりますね。)
要するに
「色んなものを集めて袋に入れたもの」
みたいに考えて良いんですね。簡単、ですよね。

でも。
「集合」ってものを考える上で、
気をつけないとイケナイ事が、1点だけ、あるんです。
それは。

「集合に入るものが、明確に厳密に決める事ができる」

って事です。
例えば
「イヌの集合」だったら、ネコは集合に入らないって
明確に分かりますし、
一桁の整数の集合でも、何が入るかは厳密に決まりますね。

でも、
例えば「大きな数」というのなら、
何が入るか、厳密に決まらないですよね。
何を持って大きいと言えるか、
全然、明確じゃない。

別に「集合」って時に
入るモノが無限にあっても良いんです。
逆に
「これとこれが入る」と1つ1つ決めていても良い。

この「厳密さ」が
「論理」を進める上で、重要なんですね。

という事を、抑えておいて下さい。
posted by めたか at 07:10| Comment(2) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

[at]遅くなりましたけど「新春特別企画」を3週連続で

前々から言っていた
初日の出にそれほど早起きしなくて良い理由」を
ホームページにアップしました。
(もう『新春」でもないんですが(苦笑))
と言っても、
実はまだ、3分の1でして・・・
この週末は、結局何もできなかったので、
次(が本番)の原稿が、1週間で間に合うのか、
不安だったりします・・・

副題に「義務教育の理科を最新の科学の目で」
と書きましたが、
実は全く「最新の科学」は入ってないんですよねー。
せいぜい、高校の物理が最後(ケプラーの法則)に出てくる
くらいで・・・
でも
「義務教育で習った事が、実は全然違う」って事の
一例として楽しんで頂ければ・・・
と思います。
posted by めたか at 07:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月18日

[at]種会社のビジネスモデル

ラッキー! クッキー! ハッグッキー!
どうも、めたかです。
(知らない人は無視して下さい。
 本人ですら封印してるネタですから・・・)


昨日、
Wired Newsのモンサントの記事を紹介して
解説は、気が向けば書きます。
って書いていたんですが、
検索してみたんですが、
この話題を取り上げてるブログって全然見つからなかった。
なんで、
やっぱり書く事にします。
でも、サラッとね。

まず、
モンサントって、有名な種会社、なんですね。
農家の人たちに作物の種を売るのを商売にしている、という。
で、
これが単なる種じゃなくて、ですねー。

植物の種って、育てたら、その植物が育って、
花が咲き実が出来、最終的にはその種が出来ます、よね?
その種を植えれば、再び同じ事ができる訳です。
だから、
普通に考えると、「農家に種を売る」って
そんなに効率の良い商売じゃぁ、ないんですが・・・

でも、
「特別な仕掛けのある種」ってのがあって、
その種を育てて作った作物の種は、
元の種と、全然違った性質のモノになっちまうんです。
「雑種一号」ってものなんですが・・・
(その解説は「生物の解説」がどんどん進んだら
 やりましょう。)
なんで、
ちゃんと「良い性質の作物」を作るには、
種会社から種を買い続けないといけない。
(いや、別の種をちゃんと持っていたら大丈夫ですが、
 全部を「特別な仕掛けの種」にしてしまったら・・・)
こういう仕掛けで、
農家に種を売り続けて継続的にお金儲けをする・・・

こういう「ビジネスモデル」でやっていた会社なんです。

こういうビジネスモデル自体を
否定するつもりはないんですが、
でも、「やりすぎる」と結構弊害が出そうだと思いません?
例えば、
始めに「特別な種」を格安で売りまくって普及させ、
その種がないとやっていけない状態になった所で
「種」を値上げする、とやっても
その種を買わないとやっていけないから買わざるを得ない
とか・・・
結果として「農業」を「支配」する事もできるかも
しれません。
そうでなくても、
農業の仕組み、というか、自然の摂理としてどうか、とか、
環境にはどうか、とか、
色々と考えないといけないかなって・・・
(いや、もっと色々言いたい事はありますが、
 これくらいの表現で留めておきます。)

こういう背景を踏まえた上で
Wired Newsのモンサントの記事を読んで頂くと、
「何が問題とされているのか」って事が
より理解できると思うんですが・・・
どうですか?
posted by めたか at 22:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月28日

法曹界は形式論理が苦手?

わだんちぅ・・・
どうも、めたかです。
いやぁ、色々面白い事、考えますよねー。


って話は全然関係なくって、
ここでは学問の話を。
思わず「うんうん」とうなずいてしまったこの記事。

個人情報保護法を論理的に読み解く

法律の世界では、
形式論理
(数学の論理って思って頂ければいいかと思います。
 いずれ解説します、っていつになるかな・・・)
からすれば、矛盾点がいっぱいある
(形式論理が論理として通用しない)
という衝撃的な話です。

実は、ここでの「文系と理系の分け方」には異論があって、
というのは、
理系の人間でも「形式論理」が苦手な人っていっぱいいますし、
文系でもちゃんとしている人は、ちゃんとしているでしょう。
でも、
少なくとも「学問の場」として
形式論理が通用しないって事は、理系ではありえないです。

まぁ、いずれ整理して論じようと思っていますが、
私は「形式論理のみが論理だ」とは思っていなくて、
色々な論理がありうる、とは考えてはいるんです。
だけど、
少なくとも、
「最も整合性があって、かつ包括的に使えるものは形式論理」
だとは、思っているんです。

そういう意味では、
なんか、ヤな事聞いちゃったなぁって。
文系の中で、もっとも厳密そうな、法律の世界で、
形式論理からすれば矛盾がいっぱいあるってのは、ねー。

前に
「学問のあり方」について議論していましたけど、
その続きも、ちゃんとしないといけないかなぁ
って、改めて思いました。
netwindさんも復活するって言うし・・・
(ただ、上でリンクした記事に対する反応って、
 確か、なかったと記憶しているんですが。
 結構、重要な事、言ってると思うんですけどねー。)
posted by めたか at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月13日

トータルで観る視点の必要性

ここ何日か、移動中に読んでいた本は
なぜ「粗食」が体にいいのか」って本なんです。
私自身、健康のため(あと花粉症対策)に
3年半くらい前から粗食を実践していたので、
ちょっと読んでみようって。
でも、
こういう本って、一歩間違うと「トンデモ本」だったりするので、
気をつけないとなって。
だから、
慎重に読んでいったんですが・・・

最終章を除いては、まあ
バランスの取れた本なんじゃないかって思います。
(最終章は「生命場」とか、かなりトンデモ入っています)
良い点は、
「原理主義的じゃない事」かな。
なんか
「こうじゃないとダメ」ってのじゃなくて、
「一番大事なのは、気持ちよくできること、
 そして、続けれる事だから」
って感じで、
あまり細かな事を言わないって感じなのが、
良いなって。

で、
この本で、一番良いと思った部分は、
「お皿でなくてお盆のことを考える」のが食生活の基本
って言ってる事ですね。
つまり
「ここの食品を、あれが良い、これが良いと言うのは
 意味が無い。
 食生活全体で考えないといけない」
って事。

よく「ココアが良い」とか「赤ワインが良い」とか言うのは
意味ないよって事ですね。
私は良く
「赤ワインが良いって言うけど、
 本当に効果があるってほどまで飲んだら、
 先にアル中になるんじゃない?」
なんてからかっていたんですが。


実は、
これは、現在の学問でも、色々な所で課題となっている事なんですよ。
科学って、割と細かな事を分析的に見るってのが
中心的な手法なんですが、
それは、
「全体は部分の総和である」って事から、
部分をきちんと調べようって考えで。
でも、
「全体は部分の総和」って簡単に言えない場合が
数多く出てきてしまってるんです。
生命なんて、その一番の例じゃないかって思われていて。
「複雑系」とかが流行ってるのは、
その辺の事情だったりするんですよ。

「全体をトータルで観る視点の必要性」
ってのが、
これから、色々な所で課題となっていくんじゃないか
そう思っています。


###
小島さんの
「エコ」から脱皮していただきたい
を読んで思ったのは、
この事なんですね。
つまり、環境でも
「部分ではなく全体をトータルに観る視点が必要じゃないかな」
って。

で、
環境問題については、
「生態学(エコロジー)」は、ある程度なら、
そういう視点を提供できるんですよねー。

なんで、
また気が向けば、生態学(エコロジー)のそういう視点も、
ここで紹介してみましょう。
それほど難しい話でも、ないですから。
(問題は、いつ、気が向くかって事・・・)


参考までに、環境問題の昔の記事を。
環境問題の新しいキャッチフレーズ!
あと、関係ないけどメモ。
ネットはTVも殺すのか
posted by めたか at 23:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月05日

読書の秋、科学の秋

さっきまで「めだか」というドラマを観ていためたかです。
いや、
良く「めだか」と間違えられるんですよ、
でも「めたか」ですから。
濁りませんから。よろしく、です。

読書の夏って言いますよね。
でも、
単に読書ってだけでなく、
ちょっと背伸びして、難しいものも、読んでみませんか?
学問を少し、齧ってみるのも、どうでっしゃろ?
みたいな事で、こういうタイトル、付けてみました。

って事で、
科学関係のニュースを、色々。
まず、これ。
ノーベル賞:米の2氏に医学生理学賞????嗅覚のメカニズム解明

え、これについては、ちゃんとした解説文を書くつもりです。
文献、探してみましたんで。
さすがに2年前の田中さんの時のように、
こんな力の入った記事は書きませんけど。
でも、
ノーベル賞ってのは科学の世界での
大きなイベントですから、
受賞したのがどんな研究かってのは、
知っていても良いと思うんです、なんで。


次は、これ。
地デジを見据え??ドコモとKDDI、携帯向け燃料電池
個人的には期待してるんですよ。
燃料電池がもっと進化していけば、
ノートPCや携帯も、もっと長く使えるよねって事で。


最後は、こういうのを。
遺伝子組み換え:北海道の農家が大豆本格栽培へ 懸念も
前にも書いたんですが、
実はこの「遺伝子組み換え作物」について、
詳細に論じてみようってのは、
もうすでに、文章も書いてるのがあるんです。
だけど、
色々と考えてお蔵に入っちゃってるんですけど、
それをカンニングしながら、
再びチャレンジしてみましょうかね。
こういう話って、
なし崩しが一番、悪いと思いますから。
posted by めたか at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月26日

方程式は易しい(その2)

方程式は易しい(その1)の続きです。
今日は「実際の方程式の解き方」にいきます。

方程式を解く上で、難しい事は、
実はないんですよねー。
注意すべき点って言うと
「移項」の際に、符号が逆になるってだけで・・・

でも、
方程式を解く上での「基本」となるものは、
「等式の性質」ってヤツ、なんですよねー。
「移項」だって、この「等式の性質」から
簡単に導きだせるものなんですから。

では、その「等式の性質」を。

(A)等式の両辺に同じ数を足しても
   等式が成り立つ。
・A=B ならば A+C=B+C

(B)等式の両辺から同じ数を引いても
   等式が成り立つ。
・A=B ならば A−C=B−C

(C)等式の両辺に同じ数をかけても
   等式が成り立つ。
・A=B ならば A×C=B×C

(D)等式の両辺を同じ数で割っても
   等式が成り立つ。
・A=B ならば A÷C=B÷C
(当然ですが、C は 0 ではありません。)

これだけなんです。


等式ってそもそも・・・



この「等式の性質」ってのを説明する前に、
「等式」って、そもそも何なのかを確認しておきましょう。
等式って、「=」って、
「= の右側と左側が同じ数だ」って事です。
それだけなんです。

だから、
例えば右側が「=0」だったなら、
左側がどれだけややこしい形をしていたとしても、
それをちゃんと計算すれば必ず「0」になる。
それは絶対、どんな事があっても「0」なんですね。

右と左が同じ数
ホント、それだけの話なんです。

それを踏まえると、
「等式の性質」って、当たり前の事しか言ってないって
気づくと思います。
例えば、
(A)は、「右と左に同じ数を足しても、やっぱりイコール」
って事ですよね。
元々「右と左」って同じ数だった訳ですから、

「同じ数(AとB)」に「同じ数(C)」を足しても「同じ数(D)」になる

ってだけでしょう。
同じ数に、何か数を足し算したなら、
その結果は、昨日も今日も明日も、
雨が降ろうが槍が降ろうが、
何が怒っても、その結果はいつも変わらない、
それだけの事な訳です。

これは、
(B)でも(C)でも(D)でも同じ事です。
足し算が、引き算、かけ算、割り算になっただけですからね。


「移項」で符号が変わる理由



で、実際に方程式を解く上では、
「移項」ができれば、解くのは難しくないと思います。
移項で、文字(X)の含む項を左へ、含まない項を右へ
って形で整理して
_X = _
って形にすれば、あとは割り算だけですから。
(カッコとかはばらして、
 分数とか少数は分母を両辺にかけるとかして
 全て整数にしてしまえば分かりやすい。
 慣れれば、そんな事をしないで
 色々と工夫すれば良いですけど。)

でも、
「移項の際に符号が逆になる」ってのに、
納得出来ない人はいるかもしれないですよねー。
なんで、その説明。

といっても、
「ある数に、符号が逆の数を足せば 0 になる」
ってだけなんですよね。
それがわかっていれば、
両辺に「符号が逆の数を足す」ってだけで、
元の数は消えて(0になって)
反対側に符号が変わった数が現れる
ってだけ。

それが「移項」なんですね。

方程式を解くって、
単にそれだけの話なんです。
簡単、でしょう?
前に言った通り、

「方程式は易しい」



んです。
posted by めたか at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月24日

方程式は易しい(その1、かな?)

トリビアの種で連戦連勝だった日本刀が、
マシンガンに無惨にやられていく姿に涙しためたかです。
だってねぇ、
毛唐米国に、パワーと物量で圧倒されたって感じじゃ、ありませんか。

まあ、そんな事はともかく、
前に書いたとおり
「中学数学の解説」を書いていきましょう。

それで、
HPの数学欄では、
「文字式」まで解説しているので、
次は「方程式」になるんですが・・・
(正負の数については、もっと後でやるつもり、なんです。
 なんと「虚数」と一緒にやる予定だったり、します。)

この「方程式」こそが、
「中学数学の、最大の難関」と思われてるんじゃないでしょうか。
だけど、
「方程式の解説」をしっかり考えていく上で、
はっきりと分かった事があります。

それは

「方程式は易しい」



という事です。

こう言っても、疑問だって人が多いんじゃないでしょうか。
でも、
「方程式」の難しさってのを突き詰めると、
その殆どは「文字式の難しさ」って事になっちゃうんですよ。
方程式が、難しく感じてしまう部分は、
実は、文字式の理解の曖昧さが原因で。

でも、
文字式ってのは、
「ちゃんと理解」していなくっても、
問題を解くって意味では、なんとかなったりするんですよね。
要するに
文字を並べていれば、良い訳ですから。
でも、
「その意味する所」を、ちゃんと理解できていた訳でない

それが、
「方程式」って所で
「あれぇ?」って事になっちゃってるんじゃないか
そう思うんですね。
なんで、

「方程式」って事だけに関しては
難しい事は、実は殆どないんです。

文字式については、
ここで説明しているんです。
そのうちで、
方程式に関しては、この辺りになるんですけど・・・

だから、
「文字式」って事、
つまり「抽象化」って事を、ちゃんと理解してもらえれば、
(そして、それについては、
 すでに説明し尽くしています。)
それを「方程式」に当てはめる事は、
実はそんなに難しい事じゃぁ、ないんだって事を、
ここでは指摘だけ、しておこうと思います。

次回(いつになるのかな? あんまし求められてない気もするし)
は、「実際の方程式の解き方」の方にいきます。
そこで
「方程式は、実は易しいんだ」
って事が、納得して貰えればって、思います。

(私見では、
 中学数学最大の難関は、文字式か関数じゃないかなって。)
posted by めたか at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月21日

このHPとブログが狙うもの(学問に関して)

最近は専らプロ野球問題ブログと化している当ブログですが、
元々は、学問についてのブログだったハズなんですね。
って事で、
無限についてのシリーズ」ってのを
始めかけているんですけど・・・

ですが、
「次のネタ」と考えていた事が、
calc さんの記事とかぶってしまいました。
そう、
私も実は、

1=0.9999999999999・・・

ネタにするつもり、だったんですよねぇ。

ただ、
calc さんのその後の展開を見ると、
私の狙ってるところと、calc さんの狙ってるところは、
微妙に違うのかなって。

見て頂くと分かると思いますが、
calc さんは、どっちかというと、
大学教養の数学について、解説してる感じです。
(なんで、
 私にとっても良い復習になってるんです)
一方、
私のほうは、HPの数学の欄を見てもらえると分かるように、
中学数学の復習ってところを狙っている・・・

それには、いくつか理由があります。
まず、
多くの人にとって、「中学の数学」が、
数学は難しくなった最初なんじゃないかなってのが1つ。
確かに、小学校から中学校になって、
数学が大きく変わる訳で。
(算数から数学へ!)

また、
「中学数学の視点」から「算数」を見ると、
色々と面白いことが見えてくるってのも、あります。
というのは、
中学校になって「数学」となることで、
「算数」を、「学問として研究」する視点が入ってくるんです。

もちろん、
この「中学数学」の説明には、
大学の数学の視点が実は入っています。
「無限論」なんかも、
そういう視点から語っていこうって考えているんです。
(だから、
 とっかかりが1=0.9999999999999・・・
 になるんですよねー。)

まぁ、こんなところです。
実際のところは、説明を始めないと分からないですよね。
でも、
そういうことをやっていきたいなってのを、
とりあえずは表明しておこうって思っています。
posted by めたか at 13:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月24日

ミームとジーン(遺伝子)

五輪、野球敗退のショックから立ち直れそうにありません。
オーストラリアに2度、負けるかね?
3回の1アウト3塁、これが全てでしょう。
しかし、相手チームの研究をどれだけやっていたか、疑問ですよ。
中畑さんって、監督経験ないですよね、
それがいきなり、一番大事な監督を任せるって、
酷じゃありません?

まぁ、分析は良いですわ。
他にたくさん、書かれているようですし。
愚痴はこの辺にして、本編にいきましょう。


いつも見ている大西 宏のマーケティング・エッセンス
組織DNAが企業を動かす - メガバンク統合の謎解き
という記事が載っていました。
記事内容自体は、いつもどおり「なるほどなぁ」だったんですが、
(「与し易し」だからなんですね。へぇ。)
冒頭の、遺伝子とかミームとかの内容が、
生物プロパーとしては一言言っておいた方が良いなぁ
と思ったので。
で、コメント欄に書くには長くなるので、記事にしました。
(ブログの趣旨とも合ってるし・・・)

えっと、
専門ではない方としては仕方が無いと思うんですが、
明らかな「間違い」なのは、この部分なんですね。

>また遺伝子は文化というべき「ミーム」を持っており、
>遺伝子そのものが自己増殖しようとするだけでなく
>「ミーム」を複製し、文化を伝えていくそうです。

まず、「ミーム」というのに誤解があるようです。
ミームというのは、「遺伝子」が持っているものではないんです。
遺伝子とは、基本的に何の関係もない。

ミームとは(ウィキペディアより)

>ミーム(meme)とは、
>文化が「変異」「遺伝(伝達)」し「選択(淘汰)」される様子を
>進化になぞらえたとき、遺伝子に相当する仮想の主体である。

つまり、
遺伝子からの「類推」で出てきた概念、なんですね。
「文化にも遺伝子のようなものがあるだろう」って事で、
考えられたものでして。

まず、その事を指摘しておきます。

あと、
ここからは私見ですが、
この「ミーム」の元になった「利己的遺伝子」自体が
学問的な仮説というより「たとえ話」だと思っています。

>生物は遺伝子のたんなる乗り物(ヴィークル)に過ぎず

の部分、これは、
「学問的概念」というより、単なる「見立て」ですよね。
学問的には、
「進化の自然淘汰は遺伝子レベルで起こる」
そう考えると、説明がしやすいってレベルの話だと思います。

利己的遺伝子」は、
元々、生物の「利他的行動」を進化論で説明するために出てきたものです。
具体例はリンク先を見て頂きたいのですが、
「そういう性質を持つものが生き残った」という話なんですね、進化論って。
それを、
擬人的なたとえで表現したのが、目新しかった、というものなので。



あと、
これは関係ないですが、
コメント欄の「DNA(遺伝子)」と「血筋」って、
同じ概念と考えて良いと思います。
血液型は遺伝子で決りますから。


以上であります。
なんか、揚げ足取りっぽくなって心苦しいんですが、
利己的遺伝子関連では、こういう誤解が多いので、
生物の専門教育を受けた人間として、
ちゃんと説明しておく義務があると常々思っていますので、
細かな話ですが、述べさせて頂きました。
posted by めたか at 15:27| Comment(2) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月19日

無限について(シリーズ化、するかも)

卓球の愛ちゃん、負けちゃいましたね。
(今、もっとスゴいニュースが。まさか井上康生が・・・)
でも、
今後一年くらいは、日本各地の温泉で
卓球場に「さぁっ!」って鋭いかけ声がこだまするんだろうなぁ。
(だって、日本人、感化されやすいやん!)
めたかです。

私のブログって、どういうブログか説明しにくい、
なんかアイデンティティーのないブログだなぁって思うんですよ。
一応、学問関連のブログなんですけどね、
全然、そんなんじゃぁ、ない。

って事なので、
これから、少しずつ、ホント少しずつですけど、
ある程度は学問の事も書いてみようかなって。
で、
このブログのタイトルが「at most countable」で
これって無限に関係する数学用語なんですね。
だから、
しばらく、無限について、ぼちぼち書いていこうかって。


###
昔、数学の問題集の、はみ出しコラムのような部分に
こんな問題が載っていたんです。

1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + 1 ........ = ?

これに対して、回答例として3つ載っていました。

(1 - 1) + (1 - 1) + (1 - 1) ........ = 0 + 0 + 0 + 0 ...... = 0

1 - (1 - 1) - (1 - 1) ....... = 1 - 0 - 0 ,,,,,,,, = 1

X = 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + 1 ........ と置くと
X = 1 - (1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 ........) = 1 - X
2X = 1 よって、
X = 1/2

この3つのうち、どれが正しいでしょう? って感じだったんですが。

で、
まず、2つ目は、さすがに無理がある考え方だなぁって
1つ目については、
ちゃんと無限に、2つずつペアになるのか疑問かなぁって思っていて、
なんで、
ちょうど方程式を勉強したばかりだった事もあって
3つ目が、一番キレイな解き方で、
これが良いなぁって思っていたんですけど。

で、答えを見ると・・・

奇数番目までなら1、偶数番目までなら0

これ読んで、私はひっくり返ってしまいました。
はっきり言って、怒りましたね。
だって、全然、答えになってないじゃん!
じゃぁ、無限は奇数なのか偶数なのか、どっちやねん!
って事でしょう?


実は、今は、ある程度 数学を勉強したおかげで
この問題の「答え」はわかるんですよ。
例えば、3つ目の答えがなぜダメなのか、とか。
そんなこんなを、少しずつでも説明していければ良いなぁ
ってのが、
このシリーズ(続く、のか?)の目標です。
さぁっ! どうなるのかぁ?
posted by めたか at 21:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月18日

文系に理系を説明する難しさ!

おいおい、野球、なんだこの負け方!
って、全部見ていた訳じゃないんですが。
食事所で、最後の方だけ。
ウィリアムズか、慣れないと、打ちにくいんだよねー。
考えてみれば、セリーグの右バッターが殆どいない。
(宮本だけか。)
上野はさすが。
泉は、決勝、我慢しきれなかったですね、
準決勝では良く我慢したんですが・・・

でも、
思うんですが、スポーツ新聞には、
この五輪ちょっと不利ですよねー。
朝のニュースで「谷本が金!」とか
「野球キューバ撃破」とか言って騒いでる時に、
スポーツ新聞は「体操・金」とか
「オランダに苦戦」とか言ってる。
どうしても一日遅れちゃうからねー。
なんか、外してる感じで・・・


さて、この記事で取り上げるのは、
文系ロジックさんのこの記事

いや、あの
>物理学みたいな「これぞ科学」みたいな
>学問でもあっても、
>人間の感じ方能力如何に左右されてしまう
>というということですかね。
って訳じゃないんです。
これって、理解についての話で・・・
(要するに「分かりやすい/分かりにくい」の話)
って事を言っても分かりにくいんでしょうね。

この事を、ちゃんと説明しようとするなら、
「そもそも物理学ってこういう学問なんだ」
って事を説明しないといけないよなって思っていて、
で、
それをするなら、本一冊分くらいの文章を
書かないといけない、んですよねー。
しかも、
そのより良き理解の為には、
「数学のなんたるか」を、押さえておいてもらわないと
って事で、
数学について、また本一冊分くらいの文章が必要。

・・・って考えると、
「はぁ」って、ため息が出ちゃうんです。

でも、
これをちゃんとやれる人って、
ちょっと思いつかないんですよねー。
だから、やんなきゃ、って思っているんですが・・・
ホームページ数学の説明をぼちぼちやってるのは、
 そういう考えから、なんです。
 ある程度できれば、物理をやろうかなって。)

一応、私は、
その「本一冊分の説明」を書いて、
それで理解してもらえるって、自信はあるんですよ。
だけど、
そもそも本一冊分、説明を面白く読んでもらえる、
それだけの「芸」の部分は、自信がない・・・

なんで、
今日もシコシコ、文章を書いているんですが。
(早く、芸を身につけたい・・・)

とにかく。
文系ロジックさん、全然違うんですよ。
「主観が支配」している訳じゃ、ない。
ちゃんと、虚数は虚数で、相対論は相対論で、
論理的に考えていく事はできて、
でも「しっくりくるかどうか」の部分で、
慣れているものの方が理解しやすいよね、
そういう話なんですよー!

でも、
ここまでアンチ理系な人に、届くんだろうか・・・
清水義範さんのいやでも楽しめる算数を読むと、
自信なくして暗澹たる気持ちになるんだよなぁ・・・
posted by めたか at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月27日

「自然科学」にも色々あるし・・・

少し前に書いた「essaさんへの、とりあえずの答え」の
続きを書くんですが、
その前に、essaさんの方から他の方の反応と合わせてclipされました。
それについてコメントを。

まず、
「自然科学の方法論」を「米国的アカデニズム」として、
次のようにまとめておられるのを紹介しているんです。
「モデル化+数量化=対象操作可能」
これを読んで、
「うーん、やっぱり、自然科学の方法論を
 ちゃんと説明しといた方が良いな」
って思いました。
(という意味で、前回書いたように
 「まずは、自分に取って答えやすいQ3, Q4から、
  もう少しちゃんと答える事にします。」
 という順番は合っていたかなって。)
というのは、
この構図で捉えられない自然科学の方法論もあるんです。

自然科学には「数量化」のないものもあるし
「対象操作可能」ではない分野もある。
ミクロ系の生物では、
定量的な議論のないモデルなんて山ほどあります。
「こういう遺伝子産物がこういう事に関わっている」
そういうレベルのモデルの方が、
まだまだ多いと思います。
「対象操作可能」ではない例としては、
分類学なんて、そうじゃないでしょうか。
「実験」より「観察」がメインな分野も、まだまだあります。
(最近の分類学は、DNA配列を比較するので、
 そうとも言えないかも、ですが。
 動物行動学は、「実験」的なものと「観察」的なものがありそうかな。)

「自然科学の方法論」を全て、
「ニュートン物理学」をモデルケースとする
定式化に当てはめるのには、
無理があると思っているんです。
いや、一部には「当てはめられないものは科学じゃない」
と考えている人もいて
「分子生物学は科学じゃない」なんていう人もいるんですけど。
でも、それって現実的ではないでしょうね。

だから
「公理系」って言い方には、抵抗があります。
そんな大層なものじゃなくて
「仮説」くらいで言いたいかな。
「仮説」と「検証」の繰り返しが「科学の方法論」
そう考えています。

つまり
「仮説」にも階層性があるんじゃないかなって。
生物学で言えば、
一番根っこに「セントラルドグマ」があって、
それと矛盾しない形で
「この遺伝子がこう働く」って感じの「仮説」がある。
もともと言えば、自然科学は
根っこに物理学があって、
その上に化学のパラダイム、その上に生物学、
そういう「大きな階層性」がある。
物理学の理論だけから、全てが導きだせる訳じゃないですしね。
「三体問題」ですら解けない、んですから。
そして、
化学や生物学の「大きなパラダイム」の上に
個々の小さな仮説がいくつもあるって構造で。
だけど、
そういう「小さい仮説」の検証過程が
もっと根っこのパラダイム変更をせまる例もあって、
量子力学は黒体放射の理論の検証から生まれたってのは有名ですね。
生物では、逆転写の発見によって
セントラルドグマの拡張がされましたし、
現在のRNAの働きに関する知見の蓄積から
セントラルドグマのさらなる変更もあるのではないか
って言われています。

「小さい仮説」は、
「その根っこの仮説」と矛盾していなければ、
どんなものでも立てる事ができるんですが、
その検証の過程で「矛盾しない仮説」では
説明できないってなった時に、
はじめて、その根っこの仮説が検証されることになります。
って考えると、
Q4の「蓋然性の処理」も、そんなに単純ではない。
「仮説」には階層があって、1つの階層のみで考えた時に
この「蓋然性の処理の説明」が成り立つ
って考えた方が良さそうです。


自然科学の「評価」の問題



それから「評価」の問題もあります。
圏外からのひとことのコメント欄にあったように、
「その公理系の選択に対する評価は,??
 人が下すのではなくて,??自然が下してくれるからです.??」
と言えるのかなって。

というのは、
「評価方法」って、結構、難しいんですよ。
自然科学の論争では
「評価方法について」争っていること、
結構ありますから。
そして、技術の進化によって、
これまで評価できなかった事が評価できるようになる、
というのもありますし。
素粒子物理学って、そうですからねー。

もちろん、
「最終的に自然(対象)と合ってないといけないから」
というのは、その通りですけど、
それは、他の学問でも言えるのではないでしょうか。
対象が、どれだけ複雑かって違いだけで。
(でも、自然科学も最近じゃ複雑な対象を扱い始めている。)

そういう訳で、
自然科学の方法論と言っても、
割と狭く捉えられているんじゃないかなって思いました。
生物のような、まだまだ発展途上な学問に
関わってる人間としては、
「自然科学と言っても、魑魅魍魎なトコもあるですよ」
って言いたくなるんですね。

だけど、
そういう「数量化」がなくったって、
厳密な議論は可能なんですね。
そのための方法論として、
コントロール(対照実験)とかダブルブラインド(二重盲検)とか、
色々と工夫されている訳です。
「言葉の定義を敢えてあいまいにしておく」
なんて方法論、生物学でも考えられない、です。
分野や背景の違う人とも厳密に議論するために、
(生物の世界では、同じ対象に対しても、
 分子生物、細胞生物、発生、生理、基礎医学、薬学、等々、
 色々な背景から議論されるんで・・・)
とりあえず定義を明確にしたり前提の仮定を設けて、
その上で議論する
(そこで説明しきれなければ前提を疑う)
という形で議論を前に進めて行く、んです。
その方法論を説明したのが、
「科学」に対する誤解」なんですね。


あ、でも、
「考え方のパターン」というか、発想においては、
文理の違いって、あるでしょうね。
ま、文系で理系的な発想な人もいれば、逆もあり得るでしょうけど。
そして、
発想と言えば、同じ理系でも、
数理物理方面と生物では、また大きく違いますし。
で、
そういう「発想の違い」の多様性は、
保つべきって思います。
posted by めたか at 01:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月23日

essaさんへの、とりあえずの答え

こんにちは。
今週の「笑金」の予告を見て思った事
「カンニングって、マニックストリートプリチャーズみたい」
めたかです。

「圏外からのひとこと」の
この記事で、
宿題を出されまして、
まあ、簡単に答えておこうって思いました。
だけど、
「簡単に答える」っての、結構難しいなって。

というのは、
「自分の立ち位置って、どうなの?」ってのが、
明確じゃなかったなってのが、
これに答えようって思って考えた時に分かりまして。
そう、
実は私、essaさんに「強い問いかけ」って、
やっていないんですねー。
あえて言えばコレくらいで。
(でも、この記事は半端で終わっているし。)
なんで、「対立点」が明確じゃなかったって。

自分としては、
「議論がどんどん、メタの方にそれていくぞ」
「だけど、そのメタの議論自体が面白いよな」
ってなって、前回のessaさんの「釣り」に
釣られてみたんですけど。
(で、釣られて後悔したんですけど、
 どうやら骨は拾って頂けるようですので、
 このまま釣られていくつもりでいます。)

それで、
その私の立ち位置って、なかなかに微妙だなぁって。
というのは、
essaさんの「宿題」に単に答えてしまうと、
逆に「違い」って、ほとんどないように見えてしまう。
それじゃぁ、何をめたかは騒いでいたんだ?
って事になる、でしょう?

まぁ、モノは試し、一言二言で答えてみましょう。
essaさんの「宿題」を引用します。

Q1:人文系と社会科学の見取図
   対象領域で分けるか方法論で分けるか
   社会科学の方法論は
   「モダンな科学的アプローチ」に集約されつつあるか
Q2:集団的意思決定プロセスに有用な知は?
Q3:自然科学の方法論とはどのようなものか?
Q4:「モダンな科学」における蓋然性の処理

で、とりあえず簡単に質問の回答を
説明を足さずに一言二言で言ってみます。

Q1の回答
→よく分からない。
考えてる事は、ない訳ではないですが、
半端な知識で変な事を言うのは専門の方に失礼かなって事で、
その辺については気を使ってきた、と思います。
(なんで、私はこの辺については何も言っていない、ハズ。)

Q2の回答
→人文科学、どころか、
 学問サイドでない人の「なんか怖い」くらいの感情論だって、
 除外すべきではない、と考えています。
ただし、「役立つ知」ってなると、
それを「議論のテーブル」に乗せる方法論が必要じゃないか・・・
って事を言い出すと長くなる(笑)

Q3の回答
→大枠としては、それで良いって思うんですが、
 でも、付け加えたい事が・・・
(って書くと長くなる、
 簡単に言うと「それが自然科学の全てではない」
 ってのと、「公理系には階層があるんじゃないか」
 まあ、説明します、コレは。)

Q4の回答
→これは良いと思います。
だけど、「評価」の部分はそんな簡単ではないんでは?
ってのがあります。


###
私の立ち位置としましては、
自然科学とか「モダンな科学」こそメイン、
みたいな考えではないんですよ。
だけど、
そうは言っても私自身は、
自然科学的な発想や考え方が
骨の髄まで染み込んでいる人間なんで、
他の色々な事を考えるにしても、
どうしても自然科学的な考え方のアナロジーで
考えてしまうんですね。
だからこそ、
「他の方法論があるなら教えて頂きたい」
って思っているくらいで。
(あ、多少は知っていますけど、
 自然科学的な考え方以上に「使える」ものじゃないんで)

でも、
逆に「自然科学的な考え方」が、
色々な議論を進めて行く上で、
最も効果的なんじゃないかって、
そう思っている自分もいます。
いや、他の方法論とかでも、
「効果的な部分」ってのは
「自然科学的な考え方」に共通の部分が多いんじゃないかな。
そんな気がしています。
自分としては、自然科学的な考え方の「どの部分」が、
その「共通な部分」なのか、
「他でも使える効果的な手法」にあたるのか、
それが知りたいなって思いますし。
(私はホームページやブログで
 色々な「考え方の手法」を解説したりしてるのは、
 「私の持ってるノウハウなら説明します、
  なんで、それ以外のノウハウがあれば教えて下さい」
 って気持ちなんです。)
それで
netwindさんの尻馬に乗って、
自分の自然科学的な考え方の効果ってのをぶつけてみようかって。
それで
「自然科学的な考え方」以外の考えが身に付けばラッキーだし、
「自然科学的な考え方」が結構使えそうだと分かれば、
それはそれでもうけものだし・・・

こう書いて整理していくと、
私の立ち位置って、卑怯ですね(苦笑)


とにかく、
essaさんの「宿題」に、
もう少しちゃんと答える事にします。
まずは、自分に取って答えやすいQ3, Q4から、
その後に、Q2についても余裕があれば、
あと、
議論の流れを時系列で振り返って、
「そもそもの論点は何だったのか?
 私は何に疑問を持っていたか?」
を見直してみたいと思います。

って感じで、少しずつ始めますね。
まあ、ゆっくりやります。
他にも書きたいエントリーがいっぱい溜まっているし。
posted by めたか at 12:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月21日

「科学」に対する誤解

圏外からのひとこと
essaは蓋然主義か確実主義か?」にはぶっ飛びました。
すげぇ。やっぱ、この人、面白いわー。

essaさんに対しては、前に
「方法論の違いだ」って記事を書いているんですが、
それは正しかったなって思いました。
例えば、essaさんがこの記事の最後に書いている
「P2Pソフトを作る時の葛藤」と
ほぼパラレルな葛藤を、私も切実に持っていて、
実は私がこんなブログをやってる
主たる動機の一つだったりするんですねー。
(それをぶちまけたのがこのインタビュー
 無名なのにインタビュー受けてるブログ界隈の人って、
 あとは河村さんくらいじゃないかなー?
 えへっ、ちょっと自慢^^)
なので、「おんなじおんなじ」って・・・

まあでも、
その「方法論の違い」ってのに対しては懐疑的なトコはあったので、
色々とツッコミも考えていたんですが、
「これは成果なんだ」って言われちゃうと・・・
成果かどうかはわかんないんですけど、
とりあえず、この挑発に乗ってみる事にします。
あえてessaさんの手の平で遊ばれてみる、という。
なんで、
NetWindさんのサポーターの一人として
(私は実は、厳密にはサポーターとは言えないかも、ですが。
 私をそう位置づけてるってのも、
 essaさんは分かっててやってる気が。
 お釈迦様の手のうち、ですな、全く。)
文系ロジックさんにツッコミ入れてみます。

文系の存在意義

この記事を見る限り、では、
この方は、「理系の学問」を誤解されてるんじゃないかなって
思うんです。

○ゴカーイ1!
ます、理系の学問だって「蓋然的」なものなんですよね−。
完全なものなんかじゃぁ、ない。
色々な例を挙げる事はできるけど、
面倒なんで、文系の人でその辺分かってるらしき人が書いた文を紹介。
科学論概論
個人的には突っ込みたい点はありますが、
「理系の科学だって完全じゃない」って事だけ、
押さえて頂ければ結構ですし。
理系の私に言われるより、文系の人に言われた方が、
納得できる、でしょ?

○ゴカーイ2!
次に、理系の学問の全てが
「実験室の理想的な状態で実験している」訳じゃないって事。
フィードワーク系がメインの理系の学問も、いっぱいあります。
例えば、生態学や、動物行動学。
これらだって、ちゃんとした「理系の学問」です!
また、
ミクロ系の生物学で行われている「動物実験」だって、
「理想的な条件」で行えているモノというより、
自然に対して働きかけて、何が出てくるか分からない、
みたいな「フィードワーク的な要素」が強いものだって思う。
それだって、ちゃんと「科学」しているんです。
(まあ、そういうモノを「科学」と認めない
 「物理原理主義的な考え方」もありますけど、
 もう流行らないので無視して良いと思う。)

○ゴカーイ3!
だいたい、今や理系と文系の境自体が
あやふやになってきているし。
何を持って理系、文系と分けるか、意味がなくなってきている。
「対象の違い」にしても、
今やその境界領域の研究が盛んで、
そういうトコでは文理入り乱れてるのが普通。
(一番分かりやすいのは、
 「認知科学」と言われる分野でしょう。)
方法論と言っても、
数学なら、経済学は下手な「理系」真っ青な程の
「高等数学」を駆使しているし、
社会科学でも数学的な解析は普通に用いられている。
一方、生物学や(有機系)化学の多くの領域では、
その議論に「高等数学」は全く使われない。
現状で文理を隔てているのは、
大学入試時のカテゴリ分けの名残でしかないって、
私、思うんです。

その辺りの事、ご存知ないんだろうなって、
まずは思います。


では、
そういう「完全でない」理系の学問は、
どういうふうに「科学」をしているのか、
それを説明したのが
NetWindさんのこの記事なんですが、
文系ロジックさんの言葉で、
同じ事を説明してみますね。

とりあえず「所詮は蓋然的なもの」でかまわないから、
厳密な議論を組み立てるんですね。
で、その「内側」では「確実な議論」を積み重ねるんです。
でも、
そうやって積み上げた「確実な議論」だって、
その外では「蓋然的なモノにすぎない」って事は理解している。
だから、
「確実な議論」を積み上げれば、
きっと、どこかに齟齬が出てくる。
その時に、「確実主義の議論」では絶対に解決できない、
となった時に初めて
「蓋然的」という事を考慮し、
始めの「議論のモデル」を修正したり、
「新しいモデル」を作ったりして、
改めて「確実な議論」を行う。

つまり、
「蓋然的」だからって、
始めから「定義」とかを放棄する訳じゃなくて、
でも、
「確実主義な議論」をしているからって
「蓋然性」を考慮しない訳でもないって事なんです。
ただ、
「蓋然性」を考慮する場面と、
「確実主義」で議論していく場面を分けている
それだけなんですね。

これこそが
NetWindさんの言う「モダンな科学」の方法論であり、
『わかりうる限りの生起可能性を発掘する作業」を行うための
強力な方法なんです。
(ま、偉そうな事を言っていますけど、
 私もあんまし、こういう方法論なんて知らないし。
 クーンのパラダイム論を解説したのを読んだだけだし。
 もうその文献も思い出せないし・・・)


これを踏まえた上で、
文系ロジックさんに質問しまーす!

文系の「ロジック」って、
どのようなもの、なんでしょう?

やっぱり、
「理系のロジック」と「文系のロジック」って、
違っているもの、ですかぁ???


追記
NetWindさんもほぼ同じような記事を書いていますね。
posted by めたか at 22:36| Comment(12) | TrackBack(3) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月14日

マイナスイオン再び

ちょっと反応が遅くなったのですが、
ほぼ日の「主婦と科学」が、
マイナスイオンについて取り上げていました。
(リンクは一週目の方です。
 最新の、は毎週変わっていくので・・・)

ほぼ日とも縁は浅くないし、
過去にマイナスイオンについての記事を書いている事もあるので、
結構、注目してみていました。

マイナスイオンの「問題点」
というか、「議論のポイント」が、
非常に良く整理されていた良い記事でしたね。
ただ1つ、思う事があります。

確かに
>きちんとした検証なしに
>「エセ科学だ!」と切って捨てるのも
>これまた非科学的な行為だと思うのです。
と言うのは確かだし、
まだ、どうなるか分からない「未科学」な部分もあるでしょう。
だけど、
それと「マイナスイオン商品を容認する事」は、
話が別じゃないかなって思うんです。

つまり、
確かに、現状では「どうだか分からない」もので、
「えせ科学だ」と切って捨てる段階ではないのかもしれません。
でも、
そういう段階であるのに、
「科学的に根拠があるかのように」商品を開発して売るってのは、
やっぱりおかしいと思うんです。
(つまり「研究」についての態度は保留するとしても、
 「商品」として売って良い段階ではなかったのでは?
 って事です。)


これ以上のコメントは、
件の研究について知らないので
やめる事にします。
もし、その論文が手に入ったりしたら、
また検証してみようと思います。
posted by めたか at 12:53| Comment(3) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月15日

『バカの壁』から科学の話

13日に
『バカの壁』の第一章の書評を書いたんですが、
ちょっと説明不足だなって思ったので、
この「反証主義」ってのをもう少し説明してみます。

科学ってのは、
「あらゆる反論を受けて立つ態度」なんですね。
別の言い方をすれば
「あらゆる反論に対して開かれている」ものが、科学。
なので、
科学の場に何かを発表するって事は、
様々なところからの反論にさらされるって事なんです。

ただ、
どんな反論でも良いって訳ではない、ってのがミソでして。
それは何故かというと、
科学の場で「反論をする」って事も、
「科学の場で(反論を)発表をする」って事なので、
同じように
「あらゆる反論にされされる」って事なんですね。

だから、
とんちんかんな反論は意味をなさなくて、
検討する意味のある反論にさらされるってなる。

で、
単に「反論される」ってなら、
どうしようもないんですが
(どっちが正しいか、分からない事が度々ってなる)
そこで重要になるのが
「検証」であり、
そのために「実験」ってのが必要になる、んですね。

つまり、
「実験」とは、「検証」のためのもの、なんですね。
なので、
誰もが真似の出来るものでないといけないのです。
それが、
「再現可能性」って事で、
これのない「検証実験」は意味を成さないって、
科学ではみなされるんですね。


こういう検証にさらされてきたものが
「科学」なんです。
で、
他に、ここまで厳しい検証にさらされてるものって、
ないと思うんです。
多分、「科学の絶対性」って、
これが原因だと思うんです。
要するに、相対的に他よりも確実だって事で、
でも、
それってあくまで「他と比べて」って事であって。

だから、
「科学の絶対性」って、
例えば、技術が進化して新しい検証ができるようになったり、
そういう
「これまでされていない反論」にあった時に、
覆される可能性があるモノなんですね。

ただ、
大抵の反論って、誰かがこれまでに思いついてされていたりするんで、
ちょっとやそっとで覆ることはないんですけどね。

これが「反証主義」ってヤツの正体です。
一言で言えば
「科学の信頼って、厳しい反証によってもたらされている」
って事かな。
そのことを踏まえた上で、バカの壁の一章を読んでいただければ、
「地球温暖化」の話も、良く分かると思います。
(要するに、炭酸ガス仮説って
 検証の難しい仮説なんですよ・・・)
posted by めたか at 23:39| Comment(0) | TrackBack(1) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月13日

アミノ酸ダイエットか・・・

もげきゃっちさんが
アミノダイエット」について取り上げてらっしゃいますね。

アミノ酸と言うと思い出すのが次の話。
「カロリーゼロのアミノ酸飲料」ってのが出だした頃、
職場(生物の研究をやっています)の人が
「アミノ酸が入ってるのにカロリーゼロって、おかしくない?」
ってぼそっと言ったんですよ。

これは要するに、
アミノ酸ってたんぱく質の原料で
(アミノ酸がいっぱい繋がって
 特定の形になったものがたんぱく質)
つまり、
アミノ酸自体が「カロリー」のあるものなんですよ。
(だいたい、1グラム4キロカロリー。
 高校の生物の教科書によると、ですが。)
それを1000ミリグラム(=1グラム)も含んでいるのに、
「カロリーゼロ」はないだろう・・・って。

それがちょっと面白かったんですよ。
(ちなみに、
 100ミリリットルに5キロカロリー未満なら
 「カロリーゼロ」と表示して良いって事らしいです。)

その時に、
アミノ酸のダイエット効果ってのの、
科学的根拠を調べてみたんです。
でも、
結局よく分からなかったんですよ。

「特定のアミノ酸が脂肪分解酵素を活性化する」
という記述はあったのですが、
それがどういう実験のデータなのか、
結局みつけられなかった。
それが分からないと、
科学的に評価しようがないんですねー。
(例えば、
 活性化って、インビトロ(体外)なのか、インビボ(体内)なのか、
 どれくらいの量でどれくらい活性化するのか、
 インビボの実験なら、アッセイ方法はどういう手法でやってるのか、
 投与方法はどうなのか・・・
 などから、どれくらい意味のある情報かが判断できるんですけど。)

個人的な疑問を言えば、
食物として取ったアミノ酸が、
どれくらい脂肪細胞での濃度を上げるのか、
って思うんですね。
人間の体って複雑に制御されていて、
糖分を取ったからすぐに血糖値が上がる、
なんて単純なものではないですから。

あと、
もっと大事だと思うことがあります。
アミノ酸は、たんぱく質をバランスよく食べていれば、
充分に必要量は摂っているハズなんです。
たんぱく質を消化したらアミノ酸になるんですから。
(バランス良くってのが大事で、
 というのは、たんぱく質の種類によって
 含まれるアミノ酸の割合が異なるので、
 色んな種類のたんぱく質を摂る必要があるかなって。)
なので、
スポーツ選手のように激しい運動をするため、
食物で摂るだけでは足りない人ならともかく、
普通の人がサプリメントで補うのはどうかって思うんです。
下手すると、
たんぱく質の消化能力を退化させてしまわないかって。

あと、
あまりにアミノ酸を過剰摂取するのも大丈夫かなって思う。
というのは、
エネルギー源としてアミノ酸が使われると
炭水化物や脂肪と異なり、
老廃物としてアンモニアが出てしまいます。
その処理のために肝臓や腎臓に負担をかけないかなって。
ま、そんな影響は小さいかもしれませんけど、
体質によって肝臓・腎臓が弱い人もいるでしょうし・・・


まあ、
ダイエットの専門家ではないので、
科学的な事は言えないのですが、
生物専門の人間として、疑問はいっぱいあるんです。
(なので、
 根拠となる文献をご存知の方は教えてください。)

・・・ごめんねー。
盛り上がってるトコに、何か水さす事書いて・・・


お詫び代わりに、
私が良いと思う「ダイエット法」を。
でも、
生物を専門に勉強してきた私の「生物観」から来たもので、
科学的根拠はないって事は、
断っておきます。

平凡ですが、
バランスの良い食事をする、
カロリーを摂りすぎない
適度な運動をする
・・・って事ですが、
もう1つ、大事だと思うのは
「朝食をちゃんと摂る」って事です。
生物の体は飢餓状態に長く置かれると、
なるべく栄養分を貯蔵しようとする、
みたいなんです。
(ちなみに一番貯蔵効率が良いのが脂肪)
なので、
一番飢餓状態が続く睡眠時間の後に、
きちんとカロリーを摂らないと、
さらに飢餓状態になって
脂肪が貯まりやすくなるんじゃないかって。

だから、
太らないといけない相撲取りさんは、
朝食を摂らずに朝稽古して、
それからちゃんこ、そして昼寝・・・
食生活のリズムがお相撲さんになってる人は、いませんか(笑)
(朝食抜いて、仕事して、
 昼食後、軽く昼寝・・・みたいな。)
posted by めたか at 08:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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